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ミューズよりやる気スイッチ

「りゅーさん、一応言っておくけど、あんた病み上がりだからね」 「はいはーい」 「あと、事務所内、禁煙になるから」 「ベランダはいいだろ?」 「ホタル族になってでも吸うんだ。すっかりおっさんだな」 「そらあもう、アラフォーだからねー」  小言を並べるてつから逃げて、灰皿と煙草を持参で事務所のベランダに陣取る。  季候のいい時はいいけどこりゃあ、夏と冬はどこで一服したらいいものかなぁ……なんて考えながら、一本取りだして、火をつける。  元々人見知りをしないやつだし、知ってる顔も多いしで、てつはすっかり事務所に馴染んだ。  今の時間は事務所のキッチンで昼飯を作っているんだろう。  俺の分だけでなく、今、事務所にいる人数分。  いつの間に料理スキルを身につけたのかと思って聞いたら、就職先が介護関係でその時に、とつぶやいた。  離れていた間のことをてつはあまり多く語ろうとしない。 『無駄な罪悪感感じてるんじゃない? ちゃんと話を聞いてあげなよ』  とは、ますみちゃんの弁。  そういわれるとそこにいてくれさえすればいいと思う自分の感覚は、多分、標準的ではないんだろうって気がしてくる。  シャチョーにスカウトされたきっかけも、偶然再会したから、だそうだし。 「りゅーさん、いい?」 「んあ? 何、シャチョー」  履き出し窓のふちに腰かけて、シャチョーが俺を見る。 「今後の話」 「スポンサー殿?」 「なんでよ?」 「いや、てつが入ったら元嫁ごねるかなぁと」 「それは、クリアにしてからスカウトしてます。だいたい、口出しされる筋合いのものじゃないし」 「さいですか」 「クレイアニメ、作る気ない?」  クレイアニメかぁ…… 「やったことねぇなぁ……」 「なおちゃんが子供向け歌番組の作詞するのね。りゅーさんにその気があるなら、やってもらいたいそうなんだけど」 「アニメじゃないとダメかな?」 「他に何かやりたいことでも?」 「んー。ジオラマ、とか? クライアントの意向と合わせる曲にもよるけど」 「なるほど。……うん、じゃあ、とりあえず、ヤル気ありますで引き受けるわね」 「りょーかい」  片手をあげてて合図して、煙草の灰を灰皿に落としていたら、シャチョーが改めてオレを見てくすりと笑いをこぼした。 「何よ?」 「すっかりやる気まんまんね」 「まあ、ね」 「ミューズがいるから?」 「ミューズ?」 「てっちゃん」  ミューズ――芸術の女神、ときたか。  よく芸術家の恋人は例えられてるけど。  確かにてつがいるようになってから、俺はかなりアクティブになっている。  と言ってもほいほいと出歩くわけじゃなくて、なんていうか、モノを作ろうっていう気になっているというか。  それは認めるけど、ミューズ、なあ…… 「原動力なのは認めるけど、ミューズじゃねえなぁ」 「じゃ何?」 「ん~、むしろ『やる気スイッチ』的な?」 「あそ。でも、まあ、よかったじゃない」 「さんきゅ」  一本吸いきって、灰皿に押し付ける。  メモを取っているシャチョーを見て、ふと、思い出した。 「そういやさ」 「何?」 「何でてつ?」 「ん?」 「増員、何でてつだったわけ?」 「いいタイミングで再会できたのと、一番確実だったから」 「確実?」 「てっちゃんなら、確実にりゅーさんのフォローしてくれるでしょ。よっさんも初めからガンガンかっ飛ばして仕事つめないから、自分となおちゃんの面倒くらい見てくれるだろうし。てっちゃんが来てくれたら私ががっつりみるの、ますみちゃんだけになるし、ますみちゃんはしっかりしてるから、りゅーさんほど手を煩わされなくて済むでしょ。だから、よ」  指を折りながらシャチョーはてつが入ったメリットを数える。  とりあえず、それぞれの負担が少しずつ軽くなるのはわかったんだけど。 「じゃ、何を焦ってたわけ?」  電話でシャチョーは気がせいていたといった。 「んー、あえて言うなら自分の年齢?」 「ああ、こども?」 「もちろんそれもある。それから、タイミング」 「てつを捕まえるのに?」 「なんでそんなりゅーさんだけがおいしい話に私が焦らなきゃなんないのよ。むしろ、よっさんのやる気ね」 「は?」 「りゅーさん、わかってないだろうけど、あの人も大概手がかかるのよ」 「なおちゃんじゃなく?」 「よっさん」 「そうか?」 「そうよ。やっとクリエイターになる気になってくれてるんだから、とにかく何か仕事入れたかったの。気が変わる前に」 「ふーん」  なおちゃんとよっさんの並んでる姿を想像する。  ほにゃららななおちゃんと、しっかりもののよっさんってイメージなんだけどな。 「大丈夫よ」  俺の顔を見ないで手帳の整理をしながら、シャチョーは普通のことのように言った。 「そんなに気を遣わなくても、私は私のことも考えてる。りゅーさんのことを最優先してるわけでもないし、皆に私生活食いつぶされてるわけでもない」  ホントに普通の顔だったから、すとんと腑に落ちた。 「うん、わかった」 「ごはん、できましたよー」  いいタイミングでてつの声がした。

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