8 / 9
自分にできること
何かを作れる自分ではなくて、自分に何ができるかを考えていたら、こうなったと言っていた。
一戦終えた後、てつが俺の腕の中で、そう言った。
「シャチョーが?」
「そう。たなさんが」
「意外だな」
「『自分はゼロから作り出すより、生み出されたものを使う方が向いてる』って。それに気が付いたからこの仕事をはじめられたし、皆と一緒にいるのが楽になったって」
てつが戻ってから、何度目かの一緒に過ごす夜。
家に泊まるのも一緒に夜を過ごすのも、再会当初はいろんな意味で抵抗があったようだけれど、それもつかの間、言いくるめて実力行使して、全部を愛でた。
戻ってくれたなら離せるわけがない。
熱を放って落ち着いてから、ふと思い出したんだ。
ますみちゃんの言い分を真に受けたわけでもないけど、何にどう抵抗があったのかを聞き出しているうちに、話がシャチョーのことになった。
「オレも、そう」
「てつも?」
「一緒にいて何か力になれてる実感なかったし、釣り合い取れてないって思ってた。りゅーさんはどんどん前に行くし、オレは思ったように作品も作れなかったしキャリアもなかったし」
「たかが学生に誰もそんなキャリアなんか求めてないぞ?」
「今ならわかる。でも、あの時は自分で追い詰めてた。『オレじゃ、りゅーさんには釣り合わない』って」
ガキでごめん、と。
てつの額が俺の首元に埋められる。
てつの髪がくすぐったくて、体を震わせた。
「りゅーさん?」
「髪、くすぐったかった」
「ここにくっつくの、苦手?」
「ちょっと」
「オレは好きなんだけどな」
あったかいしりゅーさんの匂いがよくわかる。
そう言ってすりすりとわざとくすぐったいようにしながら、てつがすり寄る。
鎖骨に噛み付かれてさっきとは違う震えが走った。
「てつ、ほどほどにしろよ」
「なんで?」
「歯止めが利かなくなる」
「いいよ」
「俺は明日事務所に行きたい」
「行けば?」
「お前ほど若くねーんだよ」
「アラフォーだから?」
「おう、お前より十年長生きしてるからな」
そう言った時には笑っていたてつが、急に痛い顔をしてしがみついてきた。
「どうした?」
「何もない」
「何もないことはないだろ?」
「……オレが八〇歳まで生きてようと思ったらさぁ」
「ん?」
「りゅーさん、九〇歳まで頑張んなきゃなんないんだよな」
「悪いけど、俺にそんな根性ねーから」
「うん、知ってる」
何を急に寿命の話をしてるんだ、と思ったけれど。
俺にはあまりなじみのないことでも、介護の仕事に就いていたてつには、そうじゃなかったのかもしれないと思い直して、そのまま話を続けさせる。
「なんか、オレ、りゅーさんを一人にしてばっかだな」
「はい?」
「りゅーさんはダメな人だからさ、一人にしちゃいけないって思うんだけど……思ってたけど支えきれなかったし。今は二人とも元気だけど、いずれはどっちかが先に逝っちまうし。残されても先に逝っても、一緒にいないのは変わりねえし」
「どっからそんな話?」
「りゅーさんがオレより十年長生きしてるってとこから」
「ごめん、ついてけてねーわ」
「オレも何言ってんのかわかんなくなった」
止めろと言っていたのに首筋にぐりぐりと額を摺り寄せてくる。
この、無意識の破壊力。
「難しく考えなくて、いんじゃね?」
「りゅーさん?」
「あと何年とか、今何歳とか、ずっとってどこまでとか、そんなんいらねえからさ」
「うん」
「でもまあ、どっちかがくたばるまで、一緒に居よう」
「ああ、そうだな」
すり寄ってきてくれてんだから、そのまま腕の中に身体を閉じ込める。
温かい肉体。
俺が生殺与奪権を握っているって感じのしない、しなやかな身体。
「りゅーさん、好きだ」
「頼みがある」
「何?」
「明日、事務所行ける時間に起こして」
「りょーかい」
額に口づけを。
柔らかな耳たぶを食んで、わざとリップ音を聞かせる。
耳の後ろを耳骨にそってくるりと舐める。
一緒に居よう。
もう、それだけでいい。
時々こうやって体温を分け合えたら、それで天国。
くすくすと笑っていたてつの声が、気持ちよさそうな音楽にかわる。
永遠でなくてもいい。
ここに、てつがいてくれたら、それでいい。
「…っ…ぁ……りゅー…さ…」
甘く上がる声が耳に嬉しい。
ころりとうつぶせにして、さっきの名残でまだ柔らかい場所を、指で確かめる。
「ん……あっ、や……焦らさな…い、で……」
「ん。いいか?」
こくこくと首を縦に振るから、ありがたく言葉に従う。
もうしっかりと猛った俺自身を、とろとろのとこにあてがって、ゆっくり腰を進めた。
「ひゃっ…ああっ……あ、も……」
「声、聞かせて」
「りゅーさん…好き…すき……す、き…ああっ」
うつぶせのてつの上にピタリと体をくっつけて、指を絡ませた両手をベッドに押し付ける。
世界中に愛してるって、宣言したいとか、そんなおおげさじゃなくて。
そこにあればいい。
ともだちにシェアしよう!