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「あの、ノクシャスさ……」  そんなにいきなり閉めるのは流石に、と言いかけた矢先。すぐに扉は開き、むっとしたモルグが覗き込む。 「ちょっと〜ノクシャスいきなり閉めるの酷くな〜い?」 「何しに来たんだテメェ」 「なにって、ちょっと様子見に来たんだよ。善家君は元気かなぁ〜って。……ね、あれから調子はどう?」  そう、今度はノクシャスの背後にいた俺を覗き込んでくるモルグ。  いつもと変わらない調子で尋ねられ、『あれから』がいつを指すのか気付いた瞬間顔が熱くなった。 「え、えと……大丈夫です。お陰様で……」 「そ、なら良かった〜。またしてほしくなったらいつでも言ってね」  ノクシャスがいる前でなんてこと言い出すのだ。  いや、違う。ただのマッサージのことを言ってるのだ、平常心、平常心……。 「またってなんだよ」  と思ってると、ノクシャスがずいと首を突っ込んでくる。 「ん? 前立腺マッ……」  考えるよりも先に扉を閉めてしまう。  が、すぐに扉の向こうからモルグにこじ開けられてしまう。 「ちょっと、善家君まで僕を閉め出すの……?!」 「モルグさん、モルグさん。取り敢えず、すみません朝食中なんで俺たちはこれで失礼します!」 「え、善家く……」  と、言い終わるよりも先にノクシャスが扉をバンッ!と閉める。そして施錠までの流れも早い。  ……モルグには申し訳ないが、これ以上ノクシャスの耳に入れたくなかった。というか、あの人悪気はないのだろうが恐ろしすぎる。 「それじゃあ、食事に……」  戻りましょうか、と振り返ろうとしたとき。  目の前に立ちはだかる壁……ではなく、ノクシャス。その胸にぶつかってしまいその反動でよろめいてしまったとき、ノクシャスの腕に行く手を阻まれる。 「あ、あの……ノクシャスさん……」 「お前が言ってた『あれ』、前立腺マッサージなわけ?」  なんだ、何故尋問をされてるのか。というか胸圧に押し潰されそうになりながらも必死に俺は逃げ道を探す。が、見当たらない。 「……っ、そ、その……でも、その、リラックスできるマッサージだとお聞きして……」 「……お前、もうモルグに付き合うな。二人きりにもなるな」 「え」 「いいか?」と念押しされ、思わず言葉に詰まる。 「でもモルグさんは俺の相談にも乗ってくれて……良い人です……っ!」 「ほぼ初対面のやつ相手に前立腺マッサージするやつが良いやつなわけねえだろ」 「の、ノクシャスさんは俺にフェラさせましたよ……っ!!」  流石にモルグだけを悪者にするのもいたたまれず、必死に反論する俺にノクシャスの顔が引きつった。 「っ、それは……っ」 「お、覚えてないかもしれませんけど、『こっちも鍛えてあるんだけどしゃぶるか?』……みたいなことを言って……」 「うるせえ! テメェそれ以上言うとその口塞ぐぞッ!!」 「ひ……っ!」  お、怒った……! ノクシャスが怒った……っ!  慌ててノクシャスの腕から逃げ出し、近くのソファーの物陰に避難する。  ノクシャスは忌々しげに舌打ちをし、その髪をぐしゃぐしゃと搔いた。 「つうか全然触り合っただけじゃねえじゃねえか……っ!」 「で、でも……そこまででしたし……」 「お前の貞操観念はどうなってんだっ!」  ……何故かノクシャスに叱られてしまう。薄々気付いていたがこの人、わりとまとも……なのかも知れない。やはり怖いが。 「……っ、とにかくだ。俺も酒は控えるけども、あいつは素面でああなんだよ。お前も危機感持てよ」 「……お前にだけは言われたくないだろうけどね、善家も」  そう、当たり前のように会話に混ざってくるその気怠げな少年の声にぎょっとする。  すると、いつの間にかソファーにはヴィランスーツのナハトが座って寛いでいた。仮面を嵌めたまま唯一露出した口元にピザを持っていき、そのままもぐもぐと齧っているナハトにノクシャスは舌打ちをする。 「うるせえ、つうか扉から入ってこい」 「……あんたらが玄関口で揉めてて邪魔だったからこうしただけ。てか、タバスコ掛けすぎやめて。……俺食えないから」 「お前のために用意したんじゃねえよ」 「あっそ」  一触即発とはまさにこのことだろう。  今にもブチ切れそうなノクシャスを前にナハトはいつもと変わらない様子だ。  あわわわと二人の間で右往左往してると、ノクシャスが先に折れた。そのままどかりと向かい側に腰を掛ける。 「善家はこっち……俺の横」 「ああ? なんでだよ」 「危機感は大事なんだろ?」 「ッ、ぐ……」 「はやく」ととんとんと犬を呼ぶみたいにソファーを叩くナハトに、俺は慌てて隣へと腰を掛ける。  なんだか空気が悪い気がしないでもないが、ナハトが来てくれて嬉しいというのが正直な感想だった。 「そういえば、ナハトさんお仕事で暫くこれないんじゃ……」 「……そ。今から出る予定だったけど、念の為様子見に来たらこの有様だし」 「モルグといいお前といい、どいつもこいつもんなに俺のことが心配なのかよ。ああ?」 「……あんたってより、こっちだけど」  言いながらツン、と腕を小突いてくるナハト。  顔を上げれば、仮面越しにナハトがこちらを見てる気配がした。  それもすぐ、ふい、とナハトは顔を逸す。 「お前宛の依頼は面倒なのが多いからな。精々頑張れよ」 「……あんたに言われなくてもそのつもり」 「あの、ナハトさん。どれくらいいないんですか……?」 「予定では二、三日。……殺すだけなら簡単なんだけど」  その言葉を聞いて、あ、と思った。  ……そうだ、ここ最近すっかり平和ボケしていたので忘れていたがナハトの仕事というのはつまり……そういうことなのだ。  決して人の為になるものではない、どこかの誰かの命を奪う。それでもナハトの身を案じてしまう自分がいて、戸惑った。  ……人を殺すのはよくないことだと思っていたのに、俺……。  項垂れてると、下からナハトが覗き込んできた。 「……なにその顔」 「ナハトさん、気をつけて……」 「っは、良かったなあナハト。お前のこと心配してくれるやつがいてくれてよお」 「……うっさいし。てか、俺がヘマするわけないじゃん。……お前は俺がいない間自分のことだけ考えてなよ」  そう言って、ナハトは静かに立ち上がる。 「あと、ゲームも練習してなよ。……どうせ暇なんでしょ」 「は、はい……」 「じゃ、後片付けよろしく」  そう言った矢先だった。ナハトが仮面を嵌め直したと思った次の瞬間、ほんの一瞬でそこにいたはずのナハトの姿は消えていた。  ……もう行ってしまったのだろう。  分かってはいたが、ここ最近ナハトといることが多かったのでほんの少し寂しくなってる自分がいることに気付いた。 「ナハトさん……」 「なに寂しがってんだ。……んな顔してっからモルグの野郎に付け込まれるんだろ」 「す、すみません……」  それからナハトがいなくなった部屋の中、俺達はすっかり冷めていた料理を平らげることとなる。

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