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05

 兄に連れられてやってきたのは、初めてきた場所だった。大勢の社員たちが一堂に会して各々好きなものを食べる社員食堂とはまた違う、一見さんお断りな雰囲気の店が立ち並ぶ飲食街へ出たときは流石にぎょっとした。  この会社の地下にこんな場所があったのか、とも思ったが、明らかに社内とは雰囲気が違う。 「そう緊張しなくてもいい、ここは俺が作らせた場所だ。至るところに腕自慢の我社の社員が待機してる。問題ごとがあれば迅速に処理できるようにない」  空の見えない箱の街というのはなかなか不思議なものだ。それでも、言われてみれば確かに治安は悪くはなさそうだ。その代わり、至るところに黒服の男女が監視している。彼らは安生を見るとぺこりと頭を下げるのだ。そんな彼らに手を振り返す安生。 「やあ、お疲れ様です」なんて短い会話を交え、俺達はその店へと入店することとなる。  そこには、蜂の頭部を持ったキメラの店員がいた。昆虫類のキメラを見たのは初めてだった。最初はぎょっとしたが、その店員は兄を見ると「お待ちしておりました」と恭しく頭を下げるのだ。 「遅くなって悪かった。部屋を借りるよ」 「ごゆっくりどうぞ」  淡々とした声。中はお洒落なレストランになっているらしい。店内には甘い蜜の匂いが漂っていた。それも甘ったらしすぎず、上品な心地の良さ。  それでも高級感溢れるしっとりとした店内の雰囲気に圧倒されてしまう。  俺達は蝶の羽が生えたスタッフに個室へと通されることになった。  この地下では人ならざる者も多くはない。  ヒーローが一般的な存在となる一方で、その裏では数々の実験が行われてきたと聞いた。その副産物であるキメラたちは知能を持つようになり、それぞれのコミニティを築き上げる。地上でもキメラや人ならざる者の姿を見かけることはあったが、あまりいい印象はなかった。  キメラは何しでかすか分からない。  幼い頃から近付かないようにと注意されて、幼いながらもそれを心がけてきたが、この地下帝国で過ごしてから分かる。彼らは迫害されていたのだと。  地下帝国――この店ではキメラの店員が多いようだ。完全に虫に近い者もいれば、先程の女性スタッフのように背中に羽が生えた以外は人と変わらないな者もいる。  個室へと運ばれてくる料理に目移りしてると、ふと向かい側に座る兄の視線に気付く。 「美味そうだろ。俺の行き付けの店だ。……きっと、良平の口に合うんじゃないかと思ってな。好きなだけ頼んだらいい」 「安生、お前にも世話をかけたからな。好きなものを頼め」と隣の安生にも声を掛ける。安生は「どうも」と小さく笑い、こちらへと視線を向けるのだ。 「君のお陰ですよ、良平君。ボスがこんなに上機嫌だなんて」 「人聞きが悪いことを言うな。俺はいつでもこうだろう」 「ええ、確かに貴方はお人好しではありますが、やはり今夜は段違いですよ」 「そりゃそうだろう。……ようやく、良平に会えたんだからな」  その言葉にまた涙腺が刺激されそうになり、それを見た兄が「おいおい」と笑った。  俺はなんとかぐっと堪え、「兄さんは」と声を上げる。 「兄さんは……どうして俺を地下帝国に? ……地上には父さんや母さんも残ってるのに……」  ずっと、ずっと気になっていたのだ。そもそも何故この地下帝国に定住しているのか、生死すらも誰にも知らせなかったのか――聞きたいことはたくさんあった。  思わずその疑問を口にしたとき、兄の目がすっと細められるのだ。 「良平、お前はヒーローになるつもりだっただろ?」 「うん、だって……それは俺の小さな頃からの夢だったんだ」  兄さんを見てきたから、と言い掛けて俺は安生の存在を思い出して慌てて口を閉じた。  そうだ、仮にも今は兄はヴィランたちを束ねる立場だ。いくら安生とは言えど、兄が元ヒーローだなんて知られれば……。  そう言葉を飲む俺に、安生は「ああ、大丈夫ですよ」と先読みしたように口にする。 「私はこの方が元々何者なのかよく知ってるので。――ねえ、イビルイーターさん」 「……おい、その名前で呼ぶのはやめろ」 「え、なんで……」  ――イビルイーター。  それは確かに俺の知っている兄のヒーローネームだ。なぜそれを安生が知ってるのか、  こんがらがる頭。驚いていると、兄は「まあ、そうなるだろうな」と苦笑した。 「取り敢えずこれだけは言わせてもらおう。……俺は、お前にヒーローになってほしくなかった」 「……っ、兄さん」 「危険な業種だというのもあるが、大部分は俺のエゴだ。……もし俺とお前の関係性を知られたりでもすれば、必然的にお前に危険が及ぶのは間違いない」  真剣な顔で兄は続ける。だからか、滅多に人前に出ないという謎の多いボス。  ヒーロー時はヒーロースーツで顔を隠していたのでイビルイーターの素顔を知ってる人間は限られてくる。それでもなんらかの拍子に元ヒーローがボスだと知られればヴィランたちがどんな反応するかは分からない。  ごくりと固唾を飲んだとき、兄はややばつが悪そうにする。 「それで、そのだな……本来ならば父さんや母さんにも伝えておかなければならないとは思ったんだが……」 「う、うん……」 「その……」 「……うん?」 「良平さん、貴方が就活するとお聞きした彼は心配のあまり段取りを全部ふっ飛ばして貴方を自分の手元に置くことを最優先にした、と。つまりこういうことですね」  ごにょ、と口籠る兄の代わりに全部暴露する安生。まさかそんな単純な理由で、と思わず兄の方を見れば、兄は否定するわけでもなくただ「面目ない」と項垂れた。

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