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06

 どうやら、間違いないようだ。思わず脱力しそうになると同時に、やはり兄は兄だったのだという確信を持った。  そんなの、最初に言ってくれたらいいのに。  そう思ったが、どうやら兄も兄で色々あったのだろう。それに今は、ただこうして再会できたことが嬉しかった。 「……怒ってるか?」 「怒ってないよ。……それに、俺は兄さんが生きててくれただけで嬉しいから」 「良平……」 「おやおや? ボスもハンカチが必要ですか?」  にやにやと笑う安生に兄は「結構だ」と即答する。  少し気になっていたが、安生の兄に対する態度はナハトたちとはまた違う。尊敬や部下として、というよりも……。 「……あの、安生さんと兄さんは仲がいいんですか?」  ふと気になってそう尋ねれば、兄と安生は目を丸くして顔を見合わせる。 「……いえ、我らがボスと中がいいなどと不敬もいいところです」 「安生、今更その薄ら寒い真似しなくてもいいんだぞ。……それに、俺の弟の前だ。別にいいんじゃないか? 隠してはないんだろう」 「困りますねえ、まったくうちのボスは簡単に言ってくれます」  二人のやり取りについていけず、どういう意味なのだろうかと二人を交互に見ていたとき。 「良平、お前にはいつかちゃんと伝えておくつもりだったんだ。俺が何故ここに残ってるのかを」 「そして、今夜がいい機会だと思ったんだ」そう、兄は手元のグラスを取る。そして兄は静かに語り出したのだ。  当時、兄には宿敵とも呼べるヴィランがいた。  ヴィランネーム・ニエンテ。そのニエンテと交戦中、兄とニエンテは消えた。残されたのは崩壊された周辺の建物の残骸だけだった。それが、俺の聞いた話だった。  そしてここからは兄の口から直接聞いた話だ。  兄はニエンテとの勝負に勝った。  一度も捕らえられたことのなかったニエンテを戦闘不能にできたようだが、そのまま地上へと連れ帰ることはできなかった。兄も酷い負傷を負ったからだ。  不運にも兄が辿りつのはヴィランたちが住処にしてるスラム街だった。残された力もない兄を助けたのはニエンテだった。 「それから……ニエンテは自分の手当てをした。おかしなやつだよな、普通なら好機だったはずなのに」  そう笑う兄。  ニエンテはヴィランの中でも異質だった。標的以外を手にかけることはせず、必要のない戦闘を避ける。が、必要であれば手段を選ばない――全てを無に帰すことも戸惑わない冷酷なヴィランだと聞いていた。  実際、そうだったらしい。ニエンテは兄を殺すことも望まなかった。 「それで、暫くこの地下に世話になった。……ヒーロースーツはお釈迦になって、力もまともに出せない俺をこの地下の連中は助けてくれたんだ。……俺が敵だと思ってた連中がだ」  ああ、と思った。それ以上聞かずとも、兄の気持ちは伝わってくる。  それから暫く怪我が完治するまで兄は地下にいた。そしてわかったという、ヴィランと呼ばれる連中も自分と同じように生きてると。 「最初は、世話になった礼をするつもりだった。……地下帝国内で困ってる連中の話を聞いて、その手伝いをした。けど、俺一人の力なんてたかが知れてる。スラムは広く、人間も飽和していた。俺はいままで自分がなにを見てきたんだと思った。……俺が助けようとしてたのは目先の人間ばかりだ、なにも周りなんて見えてなかった」 「だから人手が足りない者と働き口がない者、両者を集めることにした」困窮し、荒んだ地下スラム街。その中で兄は人と人を繋ぐ役目を果たした。力がなければ成り立たない役目だ。  それが、この会社が出来るきっかけとなったことのようだ。 「こうして、今の形になるまでに時間がかかった。……その間、お前には心配させて悪かったと思っている」 「……兄さん」 「言い訳になってしまうが……いっそこのまま、死んだと思ってくれていた方がお前たちは幸せなのかもしれない。そうも思っていたんだが……」  言い掛けて、兄の表情が曇る。 「……兄さん?」 「なあ、良平。お前は地下に来て、他のやつらと過ごしてどう感じた。……ヴィランとヒーロー、そう呼ばれる者の違いはなんだ?」  兄の顔は真剣そのものだった。  兄の疑問は、俺が感じていたものと同じだった。悪名名高いヴィランだと思っていた人たちは実際話してみると俺と同じように笑う。眠り、食事をするのだ。 「……俺には、分からない」 「ああ、……そうだな。俺もだよ、俺にも分からなかった。けど、ヴィランという存在が明確に出来上がったのはヒーロー協会が設立されてからだ」  ヒーロー協会。  それは元々兄が所属していた組織であり、今現在多くのヒーローが在籍する協会でもある。  そして、俺も履歴書を送った。……が、その結果は帰ってこなかった……。 「ヒーローやヴィランと呼ばれる人間は、元より存在しなかった。……そもそも、昔は能力を持った人間などいなかったはずだ」  そう口にする兄はほんの一瞬――まるで別人のように見えた。冷たい目、俺の知らない兄がそこにいた。が、それも束の間のことだった。 「ボス」と安生が声をかければ、兄はハッとしたように口を閉じる。 「……俺は、俺は協会からすればヴィラン側に寝返った男だ。まず、協会は自宅を張ってるだろうと思った。だから待ったさ、……連中の中から消えるのを」 「……消える?」 「各ヒーロー在籍記録は十年記録される。それまでに更新されなかったヒーローは記録上抹消される。それは主に死亡届が出されていない行方不明者に適応されることが多い」 「……っ、ていうことは……」 「ああ、俺がもし在籍記録が残ったまま地上へと帰れば最悪その親族も裏切り者と判断されかねない」 「それだけは避けたかった」と渋面のまま兄は口にする。俺には兄の気持ちが痛いほど分かった。そして会えない間もきっと自分たちのことを考えてくれていたのだと。 「……でも、それももう終わりだ。俺の在籍記録は抹消されているのを確認したんだ」  そう、兄は微笑んだ。  俺をこの会社に連れてきても顔を合わせなかった理由。それでも、俺をここに連れてきたということは。 「ヒーローになるのはやめろ、お前はここで……俺の側にいるんだ。そうすれば、ずっと守ってやれる」  なあ、良平。そう、兄は目を細めた。

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