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09
なんとか機嫌を良くしたナハトとともにゲームをすること暫く。
「善家さあ、よくそのレベルで強くなったとか言えたよね」
「す、すみませんでした……」
そして、例のごとくナハトに惨敗した俺はナハトからの罵詈雑言を受け入れる覚悟をしていた、が。
ベッドの上、携帯ゲーム機をベッドへと置いたナハトはそのまま猫のように大きく伸びをする。そして。
「……ま、少しはやるようになったけどね」
そっぽ向いたまま、ナハトはそう呟いたのだ。
素っ気ない態度は相変わらずだが、もっとこう罵られると思っていただけに驚いた。
「ナハトさん……っ!」と顔をあげたとき、じとりとこちらを視線だけ向けるナハト。
「でも罰ゲームは罰ゲームだから」
「う、は……はい。覚悟はできてます……」
せめて痛いことではないといいのだけれど。
そう思わず床の上で正座する俺を他所に、立ち上がったナハトはそのまま棚を漁る。そして。
「はい」
そう差し出されたのは真っ赤な林檎だった。
誰かからの差し入れなのだろうか。これが罰ゲーム?と小首を傾げながらも受け取ると、ナハトは今度は果物ナイフを取り出すのだ。
「なにアホ面してんの。……剥いてよ、お腹減ったから」
「え、それが罰ゲームでいいんですか?」
「……お前泣かせたところでつまんなさそうだしね」
「う……」
つまらないという言葉の刃が突き刺さる。が、否定はできない。
「まだ? ……早くしてくんない?」
「や、やります……っ! やらせていただきます……!」
それにしても、ナハトなりに気遣って……るとは思わない。相変わらずマイペースだし。それでも、予想していなかった罰ゲームだ。
ついでに容器を受け取り、俺はテーブルにそれを置く。そしてナイフを手にし、林檎に刃を当てる。
「う……す、滑る……」
「ちょっと……」
「う、す……すみません……もうちょっとで……わ、わわ……っ」
今度は力を入れすぎて、皮どころか林檎の身の部分までごっそりと削ってしまう。それを覗き込んでいたナハトは呆れたように溜息を吐く。
「ねえ……見てらんないんだけど」
「う、す、すみません……こういったことはやったことなくて……」
「だろうね。そもそも、なにそのナイフの持ち方。指ごと切り落とすつもりなの?」
「す、すみませ……」
すみませんと言いかけるよりも先にナハトに「貸して」と林檎を奪われる。あ、と思った次の瞬間、ナハトが宙へと林檎を放った次の瞬間。空中で食べやすいサイズに切り刻まれた林檎はそのまま綺麗に容器に落ちてくる。
それは瞬きをした瞬間の出来事だった。
「おお……っ!! ウサちゃんだ……!」
「これくらい出来ないとここでやっていけないよ」
流石ナハトだ、と素直に感心した。手口や被害者の遺体が鮮やかなあまり一部地上にでも熱狂的なナハトファンがいると聞いたことがあるが、こういうところを見せられると確かに惚れ惚れしそうになる。……俺が不器用だから余計そう感じるのかもしれないけれども。
「ナハトさん、これもできるんですか?」
ふと、棚の上置かれていたスイカを見つける。これも林檎と同じ差し入れなのだろう。
ナハトは「俺のこと舐めてるの?」と笑った。瞬間、俺の手の中でスイカに亀裂が走り、綺麗に八等分にされる。俺の手には傷すらついていない。自分のすぐ側でなにが起きたのかわからなかった。
「おおっ!!」
「……ねえ、これ二人で食べれるの? なにも考えずに切らせなかった? 今」
落とさないようにそのままスイカの形のまま抱える俺に、ナハトは呆れたように口にする。
……正直なにも考えてなかった。図星だ。ナハトのナイフ捌きを間近で見たかっただけだ、なんて言ったらまた怒られそうだ。
「ま、まあ……せっかくだしおやつにしましょうよ。俺、飲み物用意しますね」
最後までナハトの白い目が痛かったが、なんとかおやつにすることで誤魔化すことに成功したようだ。
ナハトの切ってくれた林檎とスイカと飲み物を用意する。そういえばこれってちゃんと罰ゲームになってるのかと不思議だったが、ナハトはなにも言わなかったのでまあ大丈夫……ということにしておこう。
そしてソファーに腰をかけ、しゃくしゃくとスイカを齧っていた。
同じく隣で林檎を食べてたナハトはそのまま手前のグラスを手に取ろうとした、そのときだった。
「……っ!」
手を伸ばしたナハトはそしてそのままグラスを倒す。中に入っていたジュースがテーブルの上に広がった。
「だ、大丈夫ですか? なにか拭くもの……」
用意します、と言いかけたとき。ナハトが腕を押さえていることに気付いた。
「……っ、て、ナハトさん……」
「……うるさい、聞こえてる」
「やっぱり、調子が優れないんですね」
「……別に、これくらい大したものじゃない……」
「ナハトさん……すみません、俺がナハトさんに無理させたせいで……」
「無理してない」
それは即答だった。ナハトから渡された布巾で溢れたジュースを拭こうとしていると、ナハトはそのままふらりと立ち上がる。
そのままベッドまで歩いていくナハト。「ナハトさん」と声をかければ、ナハトは立ち止まった。そして。
「……少し、寝る。そこ、片付けたら外に出てて」
「え、でも……」
「人がいると寝れないから」
取り付く島もないとはこのことだろう。冷たい声。全身から俺を拒絶してるのがわかった。
ナハトのことも心配だったが、余計なストレスを与えることもしたくなかった。
「わ、分かりました……っ、じゃあ俺、これ片付けたら扉の外にいます。……起きたら、呼んでくださいね」
「…………」
テーブルを拭き終えた俺は、そのまま食べかけの果物たちを冷蔵庫へと仕舞った。
部屋を出る前、ちらりとナハトの方を見ればちゃんとベッドの上で丸くなってるようだ。それだけを確認し、俺はそのまま部屋を後にした。
――ナハトの部屋の前。
「んあ? テメェこんなところでなにやってんだ?」
聞こえてきた聞き覚えのある低い声につられて振り返れば、視界を覆う大きな影。そして、そこにいた見慣れた人物に俺は慌ててぺこりと頭を下げる。
「あ、ノクシャスさん、どうも」
「なんだよ、ナハトにでも追い出されたのか?」
俺がナハトの部屋から出てきたところも見ていたようだ。誂うように笑うノクシャスに、俺はえと、と口籠った。
「……その、ナハトさんに人がいると休めないからと……」
そう答えれば、どうやらノクシャスはなにか心当たりがあったようだ。「ああ」となにか思い出したように納得する。
「ま、気が立ってんだろ。あいつがヘマするなんて滅多にないからな、余計」
ヘマ、という言葉に先程見た苦痛に歪むナハトの顔が蘇る。ナハトはなにも言わなかったが、それでもナハトほど腕が立つと有名なヴィランがヘマとなるとやはり心配になった。
「あの、ナハトさんの怪我って酷いんですか?」
「あ? 知らねえよ。けど、本人生きてんだから問題ねえだろ」
「そ、そんな……」
「つうか、大丈夫じゃねえならモルグが放置しねえから。……お前は余計なこと気にしてんじゃねえよ」
相変わらずぶっきらぼうな物言いではあるが、ノクシャスなりの気遣いだということは言葉の端々から伝わってくる。
確かに、モルグは俺に任せると言っていた。……それでも安静にしなければならないという状況では間違いないのだろうが。
「けどま、確かにあいつがヘマするなんて珍しいな」
「昨夜、なにがあったんですか?」
なんだかいても立ってもいられなくて、思わずノクシャスに尋ねれば、ノクシャスの鋭い視線がこちらを向いた。
「気になるのか?」
静かに尋ねられ、こくりと頷き返そうとした矢先のことだった。
いきなり目の前のドアが開き、ナハトが現れた。
「な、ナハトさんっ!」
もう大丈夫なんですか、と言いかけた矢先。ずかずかと俺の側までやってきたナハトに腕を掴まれる。そして引っ張られ、強引にノクシャスから引き離されたと思いきやナハトは目の前の男を睨むのだ。
「ノクシャス、そいつに余計なこと吹き込むなよ」
「んだよ、その無駄にいい耳はやられてなかったみてえだな」
「うるさい」
ノクシャスの軽口にナハトは舌打ちをする。対するノクシャスは怒るどころか笑っていた。挑発的な笑顔だを
「そいつから聞いたぞ。お前まだ具合悪いんだろ? 寝てろよ、こいつの面倒は俺が見ててやる」
「え、あ、ノクシャスさ……」
目の前、俺に伸ばされたその逞しい腕をナハトは振り払う。そして。
「……余計なお世話」
俺の腕を掴むナハトの指先に力が籠もるのが分かった。耳元、吐き出されるのは不機嫌を隠そうともしない低い声だ。
「それに、こいつは俺の面倒見ろってボスから命令されてんの。……それに背くつもりならあの人に言うけど」
ナハトが怒ってる。それも、感じたことないくらいに。
ナハトの周辺に流れるぴりぴりとした空気に口を挟むこともできなかった。ノクシャスもノクシャスで怪我人相手に本気になるつもりはなかったようだ。「あー、うるせえうるせえ」と虫を追い払うように手を振る。
「なにムキになってんだよ。……そんなに気になんなら最初から目え離してんじゃねえよ」
「冷めたわ」と、一言。面倒臭そうに肩を竦めたノクシャスはそのまま俺達の横を通り過ぎて行くのだ。硬質な靴音が響く。
「あ……ノクシャスさん……」
俺のせいで気を悪くさせてしまったかもしれない。
そう思って咄嗟に呼び止めようとするが、ナハトにそれを止められた。
「あいつは放っておいていいから」
「え……でも……」
「……あんたは今、俺の見張りなんでしょ」
腕を掴む手は離れない。思いの外近い距離でナハトに顔を覗き込まれれば、思わず言いかけた言葉も吹き飛んでしまいそうになる。こちらを見据えるその目が、なんだか縋りついてるように見えたからだ。
「……すみません、でも……ナハトさん、俺がいたら……」
「そう。……けど、部屋の前でごちゃごちゃされる方が余計休まらないんだよ」
それだけだから。そうナハトは俺から視線を反らす。目の前で扉が開き、俺はナハトに引っ張られるような形で連れ戻されるのだった。
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