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 とんでもない夢を見ていた気がする。  ナハトに抱かれる夢だ。それも、あんな激しく。  飛び起きれば、視界にはこちらを見下ろすナハトの顔があった。思わず口から心臓が飛び出しそうになる。  固まる俺を前にナハトは「寝過ぎでしょ」といつもと変わらぬ調子で口にする。 「あ……お、俺……」  言い掛けて喉が痛む。声も酷くガラガラになっていることに気付き、言葉を飲んだ。体を起こそうとするが、下腹部が酷く重く、鈍い痛みが走る。 「いいよ、起きなくても」 「……っ、ナハトさん……」 「正直、アンタの体のこと考えるの忘れてた。……にしても、軟弱すぎる気もするけど」  そんな俺を見下ろしたまま、ナハトは口にする。  近づく鼻先。長い睫毛がぶつかりそうなほどの至近距離、その近さに俺は思わず息を飲む。 「……なに、さっきからそのアホみたいな顔して」 「あ、あの……俺……」 「…………もしかして、記憶まで飛んだわけ?」  ナハトの目が細められる。シーツ越し、伸びてきた手に下腹部を撫でられ、今度こそ飛び上がった。  そして、全身の熱が蘇る。  夢だと思っていた。けれど、違う。現実だ。  ……どこからどこまでが? 「暫くそこのベッド使っていいよ。……てか、動けないだろ。その調子じゃ」 「……ッ、……」 「安生には俺から暫く預かるって伝えてるから。多分明日の朝までは休めるよ」  良かったじゃん、とナハトは笑う。あのとき、行為中に見せた邪悪な笑みではなくいつもと変わらないニヒルな笑顔。  俺は、真正面からナハトの顔を見ることができずにそのまま布団を頭までかぶった。 「おい……」 「ぉ、俺……な、ナハトさんと……」 「したよ、セックス。あんたの初めての相手は俺だよ」 「……〜〜ッ!!」  ぶり返す。夢だと思っていた記憶の断片が音や感触までも全身に蘇る。  気付けば服も着替えさせられてるし、あれだけ汗で濡れていた全身も綺麗になっていた。ナハトがしてくれたのだろう、俺が記憶飛ばしてる間に。  こんな、こんなはずじゃなかったのに。 「……っ、ご、ごめんなさい……」  布団の中、そう恐る恐る謝罪の言葉を口にしたとき。 「は?」とややキレ気味のナハトの声とともに頭に被っていたシーツを剥ぎ取られる。そして、案の定ややキレてるナハトがこちらを見下ろしていた。 「なに、ごめんて」 「お、俺……怪我してるナハトさんを看病しにきたのに……よ、余計……無茶させるようなことして」 「……………………はぁ」  た……溜息?! 「この後に及んで俺の心配するって、相当だよ。アンタ」 「……え、だ、だって……」 「肝据わってんのか、ただズレてんのか知らないけど……いいや、アンタはそれでいいよ」  ずっと、と整ったその唇は小さく動く。  どういう意味なのか、いやでもそもそも誘ったのは俺みたいなものだしと悶々一人で考えていたとき、ナハトにじっと見詰められてることに気付いた。 「あ、あの……ナハトさん……?」  怒るわけでも、詰るわけでもなく整ったその顔で見つめられると無条件で体が竦んでしまう。  固まる俺に、ナハトの顔が更に近付いた。そして、唇が触れてしまいそうなほどの距離が近づいたとき。部屋の中にインターホンが響いた。 「……ッ、な、ナハトさん……誰かが来られたみたいです……っ!」 「……はぁ、そんなの言わなくても分かるから」  空気読めよ、と舌打ち混じりナハトは怠そうに立ち上がる。そして玄関口まで歩いていくのを横目に、俺は深呼吸を繰り返す。  心臓はまだとくとくと脈打ってる。  なんだか、首周りと顔が熱い。ぽかぽかしている。  それにしても、ナハトの怪我は大丈夫だろうか。ナハトもああは言っていたが俺もいつまでも甘えてるわけにはいかない。  安生から貰った仕事だ、ここでお世話になっている以上ちゃんとしなければ。と起き上がろうとした瞬間、下腹部、主に腰に負荷がかかり呻く。  ……やっぱり、あと少しだけ好意に甘えさせてもらおう。  そう再びベッドに横たわったときだった。 「え、ボス……っ?」  ナハトの驚いたような声が聞こえてきて、反射的に俺は慌ててベッドから起き上がった。  そして、ズキズキと痛む体を無理矢理引きずってナハトのいる玄関の方へと向かえば、そこにいた訪問者たちの姿を見て思わず息を飲んだ。  そこにいたのはモルグとボス――兄の吉次だった。  兄は現れた俺の姿を見るなり「良平」と微笑む。そんな兄を見て、俺は思わず「兄さんっ!」と駆け寄っていた。 「は、兄さん……っ!?」  兄の腕に抱き止められたとき、ナハトの驚く声を聞いてハッとする。その隣、モルグは「仲良しだねえ」と変わらない調子で笑っていた。  ――言うのを忘れていた。

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