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あんぐりと口を開くナハトに、兄は「そうか、まだお前たちには言っていなかったか」と笑った。
そして、ぽんと俺の頭に大きな手を乗せるのだ。
「良平は俺の弟だ。一回り離れた弟がいるという話はしていたな」
「なるほどねえ、確かに言われてみればなんとなく似てるかも。笑ったとき目尻が下がってふにゃってなるところとか」
「…………」
態度こそはいつもと変わらないものの「へ〜」と興味深そうに俺と兄の周りをちょろちょろと回り出すモルグ。
その隣では、相変わらずナハトが静止していた。
「き、聞いてない……そんな話……俺は」
「ま、言われなくとも薄々気付くもんだと思うけどねえ。ボスが連れてきた子なんだし、こんな普通の子が……おっと、ごめんね。君みたいな一般的な子ならワケアリだってさあ」
……モルグの言い直しは意味があったのだろうか。
「まあそういうことだ」と兄は俺の方を向いて笑った。そして、二人に向き直る。
「ナハト、お前の体も心配だ。良平もよく面倒見てくれたな。この後はモルグに交代してもらうことになったからもう大丈夫だ」
この二人がここへ来た時からなんとなくそんな気はしていた。
けれど、とちらりとナハトを見る。さっきの今ではあるが、やはりこのまま「はいそうですか」とモルグに丸投げするのも無責任な気がした。
「っ、兄さん……」
「ん? どうかしたのか?」
「俺、まだナハトの看病したい……。まだなにもできてないし……その、モルグさんのお手伝いとか、なんでもするから」
「良平……」
兄の視線が突き刺さる。優しい、けれどその目には心配の色が濃くにじんでいた。
「良平、その心掛けは立派だ。けどお前も調子が悪いんだろう?」
「えっ? な、なんで……」
知ってるんだ。
さっきまでのことを思い出し、カッと頬が熱くなる。まさか気付かれたのかと緊張したとき、伸びてきた兄の手が頬へと触れる。そのまま首筋までなぞるように指先で触れられた。
「に、兄さん……」
「熱もあるし、声も嗄れている。このままではナハトにも負担になるだろう」
ぴしゃりと言いのける兄に、俺は思わず言葉を呑んだ。離れる指先。
「に、兄さん。でも俺は……っ」
反論の余地なんてないのも分かったが、それでも駄々捏ねてしまうのは先ほど一瞬見せたナハトの苦悶の表情が脳裏にこびりついて離れないからだろう。
言いかけたとき、今度はナハトに「良平」と名前を呼ばれた。ナハトからも何か言ってくれないだろうかと顔を上げるが、ナハトの表情からすぐにその可能性はないとわかってしまう。
「ナハトさん……」
「ボスの命令は絶対。……それが決まりだから」
「……ッ」
別に、ナハトはおかしなことは言っていない。
俺にとっては兄だが、ナハトにとっては自分が仕えるべき相手なのだ。そもそも、元からナハトはそんなにべったり甘やかしてくれるような人じゃない。
つまり、少しでもナハトと仲良くなれたのだと思い上がった俺が勝手にショックを受けているだけだ。
「かといってモルグ、アンタの手も必要ないんだけど」
「それはそれでいいよ。このあとの検査で調子が戻ってたらの話だけどねえ」
「……はぁ」
「…………」
二人がナハトの部屋へと入っていくのを眺めていると、ふいにナハトがこちらを見た。
もしかして気が変わったのだろうか、とパッと顔をあげたとき、兄にやんわりと肩を抱かれる。
「兄さん」
「それじゃあ、俺達も戻ろうか」
もう一度ナハトの方へと振り返れば、すでにナハトは部屋に引っ込んだ後だった。
内心ショックを受けつつ、俺は「うん」とだけ兄に頷き返した。
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