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CASE.05『お目付け役の役目』

 兄に寝かし付けられたお陰だろうか、途中目を覚ますことなくゆっくり眠ることができた。  そして自然に目を覚まし、伸びをする。時計を確認すればもう朝だった。  辺りを見渡し、兄の姿を探すが見当たらない。やはり夜間になにか急用でも入ったのだろうか、と納得する反面なんだか寂しさを覚えながら居間へと向かったときだった。 「ああ、目を覚ましたのか。良平」 「に、兄さん……?! ……と」 「お邪魔してますよ、良平君」  そこにはソファーで向かい合ってなにやら話していた兄と安生がいた。  まさか安生がいるとは思わなくて、俺は慌てて寝癖がついてないか、寝汚い姿をしていないかと確認するが「ああ、お構いなく」と安生は笑う。 「今日は私が君のお目付け役をすることとなりました。よろしくお願いします」  そうぺこりと頭を下げる安生。  正直驚いた。いつもナハトやノクシャス、モルグが俺の傍に居てくれただけにまず最初に『何故』という疑問が浮かんだのだ。  なによりも、多忙そうな安生のことだ。 「まあそういうことだ。……後のことは安生に伝えている」 「頼んだぞ、安生」と兄は言い残し、そのまま立ち上がる。そのまま部屋から出ていく兄の背に『いってらっしゃい』と声をかけることすらも憚れた。  何かあったのだろうかと、そんな予感が伝わったからだ。  余程不安が顔に現れていたようだ、そんな俺に安生は「大丈夫ですよ」といつもと変わらないどこか軽薄な笑顔を浮かべた。 「ナハト君たちに比べたら劣るかもしれませんが、私も人並みに動くことはできますので」 「い、いえその……そういうことでは……」  寧ろ、あのニエンテと一緒に同じ部屋にいるということ自体が俺には緊張するのだけれども。  桁違いなほど懸賞金を賭けられた極悪ヴィラン、ニエンテ。俺の知ってるニエンテと、目の前のどこか草臥れた男はまるで掛け離れていた。  思わずじっと安生を凝視していると、安生は困ったように笑う。 「どうしました? あ、もしかしてお腹減ったとか。それともモーニングコーヒーを飲まなければやる気がでないとか……」 「いえ、その……」 「では、私に対して苦手意識があると」  変わらない調子で指摘され、思わず返答に遅れてしまった。何か言えばいいものの口籠る俺に、安生は「本当、お兄さんと違って分かりやすくて助かりますね」と笑う。 「あの、苦手というか、その……」 「大丈夫ですよ、遠慮なんてしなくても。生憎そういった反応には慣れていますので」  何故安生の方が俺にフォローしてくれてるのだろうか。俺の方がちゃんとしなきゃいけないのに。  そう思うが、今は安生の飄々とした態度に助けられるのも事実だ。 「とはいえ、私は既に現役を引退した身。今ではデスクワークが精一杯の一般人と相違ありません」 「そうなんですか?」 「試しに腕相撲でもしてみますか? きっといい勝負になりますよ」 「え、遠慮しておきます……」 「そうですか、残念です」ではまたの機会にと少しだけ残念そうな顔をしてみせる安生。  安生なりのジョークなのだろうか。それが本当かどうか分からないが、少しだけ緊張が解れていくのを感じた。

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