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 確かに過去も過去だが、俺は安生が気のいい人だと知ってるはずだ。  突然衝撃的な話を聞いたからといって避けるのはよくない。 「俺、ニエンテってもっと……あの、ニュースで見てたイメージなんですけど、こうもっとクールな人だと思ってました。だから、全然俺の知ってる安生さんと結び付かなくて……なんか、カルチャーショックっていうか……」 「はは、よく言われますよ。私自身がきっと一番驚くでしょうから」 「皆知ってるんですか? 安生さんのヴィラン時代」 「とはいえ当時からの身内――ナハト君、ノクシャス君、モルグ君は知ってますよ」 「……そうなんですね」  それで三人ともあの態度なのもすごいが。  それほど親しまれているのかもしれない、なんて一人納得することにした。 「内密、というわけではありませんが、私は結構今の立場が丁度良いと思ってます。変に距離置かれるのも寂しいものですから」 「……あ……」 「ええ、そういうわけなので……ボスはああいってましたがこの話に関しては私と君だけの秘密ということでお願いします」 「わ、わかりました……っ!」  安生は「話が早くて助かります」と笑う。  あのニエンテも俺と同じように悩むのだと思うとなんだか不思議な気持ちだった。けれど、安生が少しでも俺のことを信頼して話してくれたのだと思うと素直に嬉しい。  それから俺は朝の支度を済ませ、着替える。  てっきり食堂へと向かうのかと思ったが、寝間着からいつもの服に着替え終えて居間へと戻れば、テーブルの上にずらりと数人前の食事が用意されていた。 「ボスから事前に良平君の好物は聞いていたのでそのまま用意したんですが、大丈夫でしたか?」 「は、はい……でも俺の好物ばかり……安生さんの分の朝御飯は」 「ああ、私は朝抜く派なんですよ。どうぞ、好きなだけ食べてくださいね」  素直にその気遣いはありがたいが、ヴィランの人たちの食事量は俺とおかしいというか……俺一人分だとしても数日は生き残れるのではないかという量を当たり前のように頼むので分からない。  朝御飯分だけ選び、残ったものは昼と夜に食べようと保管することにした。  再び安生と向かい合い、ハンバーガーを齧る。……美味しい。ボリュームがありすぎるのが難点だが。一口齧るごとに顎が外れそうになってる俺をじっと眺めながら、安生はいつの間にかに用意したコーヒーカップに口を付ける。 「いい食べっぷりですね。昨晩は熱が出たとボスから聞いていましたが、具合も食欲もありそうですね」 「熱っていうか、そんな大袈裟なものでもないんですけど……はい、ゆっくり眠れたのでもう俺も大丈夫です」 「そうですか。因みにナハト君もすっかり元の調子に戻ってたみたいですよ。最近の子はやはり自己治癒力が高いですね」  安生の口からナハトの名前が出て、思わずハンバーガーを齧ろうとしたまま固まってしまう。  そうだ、ナハト。  と言うか、元々三人が手が離せないということで安生がここに来てくれたというのを思い出す。 「そういえば、ナハトさんたちが来れないっていうのは何か急な任務が出来たってことなんですか?」 「まあ、そんなところです」 「それって……」 「大丈夫ですよ、君が心配することなんて何一つありませんから。うちの医療班もモルグ君も優秀ですので」  そう思い切って尋ねてみるが、なんだか安生にのらりくらりと躱されてしまう。  俺が正規社員じゃないからこそ漏洩することはできないということなのだろうか。それでも誤魔化されてるような気がして、なんだか胸の奥がざわつくのだ。 「……兄さんも、仕事なんですか?」 「ええ。……やはり心配ですか?」  いくらボスと慕われてようが、数多のヴィランを従える人物であろうが、昔のようにまた帰ってこなくなってしまうとと思うとなんだか落ち着かない気持ちになってしまう。  こくりと頷きかえせば、安生は「ボスの行ったとおりでしたね」と笑うのだ。 「え?」 「だから、いっそのこと君が眠ってる間にこっそりと私に引き継いで出ていくつもりだったんですよ。君が寂しそうな顔をしてると出ていける気がしないと言い出すので」 「兄さん……」 「本当に仲が睦まじい兄弟ですね。私に兄弟はいないので理解に及びませんが」 「一人っ子なんですか?」 「さあ? もしかしたらどこかにいるかもしれませんが、私は気付いたときには一人だったので」  安生があまりにも変わらない調子で言うものだから一瞬、反応に遅れてしまう。 「ご……ごめんなさい」 「何故君が謝るのですか?」 「あまり、ズカズカ踏み入る問題ではないのに……」 「はは、そんなことですか。別に構いませんよ。触れられたくないものでしたら私も答えるつもりはないので」 「……」  安生は笑うが、なんだか俺には理解できないものだと思った。  そっか、そうなのだ。当たり前のように家族に囲まれ、育ってきた俺とはそもそも生まれも育ちも違うのだ。  そう思うと、なんだか安生の前で兄さん兄さんと言ってた自分に対して言いしれぬものを覚えてしまう。なんだろうか。  ――罪悪感? 「あ、安生さん……っ!」 「はい? どうしましたか?」 「お、俺……俺、ここにいる間、皆さんの邪魔にならないように頑張ります……っ!」 「何かと思えば、結構なことではありませんか」 「なので……」  なので、俺も早くここの一員になれるように――家族のように思えてもらえれば。  なんて、あまりにも図々しいのだろうか。兄の信頼する人だ、ならば俺もこの人のことを信頼したい。  そう思うが、安生の目がこちらを向いた瞬間、思わず息を飲んだ。伸びてきた手に、興奮を宥めるように肩を撫でられる。 「大丈夫ですよ。そんなことせずとも、君はここで――このぬくぬくとした温室にいるだけで結構です」 「それが、君の本来の役目なんですから」そう笑う安生の目が、なんだか笑っていないような気がしたのだ。

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