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 それから俺の監視、というよりも同じ部屋の中で安生は通信機で他社員と連絡したり何やら忙しそうだった。  安生が仕事モードのときはなるべく邪魔にならないようにソファーの隅っこでナハトからもらったゲーム機をミュートで遊んでいた。  そんなこんなで比較的平和な時間も過ぎていた。  そんなときだった、来訪者を告げるインターホンが鳴り響いた。  コーヒー休憩中だった安生は「私が出ますよ」と立ち上がる。そして、俺が反応するよりも先にそのまま玄関口へと歩いていった。 「おや? モルグ君ではありませんか、どうしたんですか」 「どうしたもこうしたもないっての〜。善家君の面倒、安生が見てるって聞いたから気になって様子見に来たんだよ」  聞こえてきた声は柔らかい、けれどどこか険を孕んだモルグの声だった。  忙しいと聞いていただけに、聞こえてきた会話の内容についつられて俺は玄関へと向かう。現れた俺を見て、つい先程まで面倒臭そうな顔をしていたモルグはぱっと破顔した。 「善家く〜ん、昨日ぶりだねえ。体調はどう?」 「あ、どうも……つめたッ」 「ん〜、体温は平温。脈も落ち着いてるねえ。安生のやつにいじめられてなかった? こいつ性格悪いからねえ」 「モルグ君、君ねえ……」 「い、いえ……いじめられてなんて……!」 「その反応はさあ、ねえ、さてはいじめたでしょ安生」 「いじめていませんよ、からかいはしましたが」 「うわ出た」とモルグはげんなりした顔をし、それからよしよしと俺の頭を撫でてくる。 「こっちは一段落したから安生、この先は僕が彼の面倒見るよお」  それから安生にじとりと目を向けるモルグ。邪魔者のようにしっしと手を払うモルグに、安生は怒るわけでも気を悪くするわけでもなく「全く君は」と肩を竦めるのだ。 「せっかく今日一日ゆっくりできると思ったのですが」 「嘘ばっか。ま、今度はちゃんと休みもらいなよぉ? ここ暫くは難しいだろうけどねえ、君の立場じゃ」 「嫌なことを言わないでくださいよ。……それじゃあ、私はこれで失礼します」 「あ……あの、今日はありがとうございました……!」  安生は小さく笑い、それからそのままモルグと入れ違うように部屋を後にする。 「じゃ、頑張れ〜」とモルグはそんな安生の背中に向かって手を振っていたが、それが見えなくなるとこちらへと目を向けた。 「それにしても、安生と二人きりにさせるなんてほんっとボスってばわかんないよねえ」 「も、モルグさん……?」 「あ、部屋あがっていーい? 研究室から直行で来たから風呂入りたいんだよねえ、シャワー借りていい?」 「薬品臭いでしょ?」と小首傾げるモルグ。その白衣の胸元に顔を寄せ、すんすんと嗅いでみる。確かに言われてみれば薬品のような甘い匂いがした。 「臭いっていうか、そういう香水みたいな……」 「ん〜……本当?」  元々モルグがいい匂いするだけなのだろうか。と思いながらはい、と顔をあげたとき、伸びてきた手にさらりと横髪を掬われる。  驚いて目を開けば、モルグは笑った。 「ってか、良平君ってなんか犬みたいだよねえ」 「え? 犬、ですか?」 「うん。無防備で無邪気なわんちゃん」  よしよし、と更に髪を撫でられ、こそばゆさについ飛びのいた。 「あはは、ごめんごめん。君みてるとなんだかウリウリ〜ってしたくなるんだよねえ」 「そ、それは……」 「じゃ、お邪魔しま〜す」  うろたえる俺から手を離し、そのままモルグは自室かなにかのように部屋へと上がる。  安生と二人きりになるときとはまた別の緊張があるのは何故だろうか。撫でられた箇所がなんだか熱くなるのを感じながら、俺はモルグの後を追いかけた。  宣言通りモルグは人の部屋に上がるなりシャワールームへと向かった。ナハトのこととか聞きたいことは色々あったが、モルグも仕事のあとで疲れてるのだろう。俺は取り敢えずモルグがシャワーから出てくるのを大人しく待つことにした。  そして数分後、五分もせずにモルグはシャワールームから出てきた。早い。 「良平君、タオル借りるね〜」 「どうぞ……モルグさん、早くないですか?」 「あ、やっぱそうなの〜? 僕長風呂とか無理なんだよねえ」  言いながら濡れネズミのモルグが現れる。 「って、下着……! モルグさん下になにか履いてください……っ!」 「え、下着〜? 体の火照りが取れるまで僕下着は履かない派なんだけど〜……」 「め、目のやり場に困るので履いてください……!」  丁度風呂上がりの一杯の水を用意しに来てたようだ。冷蔵庫の前、「え〜〜」と不満げなモルグを再びシャワールームに繋がる脱衣室へと押し込める。何故俺のほうが恥ずかしくなってるのか。一瞬目に焼き付いたモルグの裸に顔が熱くなってきた。というか、ナハトといいなんか無頓着な人多くないか?ヴィランってそうなのか?なんて一人で頭抱えてると、渋々下着一枚身に着けたモルグが脱衣室から出てきた。 「って俺のパンツ……?!」 「着替え持ってきてなかったから借りちゃった〜、良平君の下着小さいね〜」 「い、いや、まあいいですけど……」  マイペースの極みみたいな人だな……。誰に対してもこうなのだろうか。なんて思いながら取り敢えずモルグに水の入ったグラスを渡す。 「あ、ありがと〜。やっぱ良平君の部屋って落ち着くねえ、なんでだろ?」 「モルグさんの部屋は落ち着かないんですか?」 「僕の部屋ねえ。もう暫く戻ってないかなあ〜」 「え」 「基本寝泊まりは研究室でした方が早くていいじゃん? あ、でも良平君のところに来るようになってからプライベートルームもありかなあってまた思うようになったよ。僕も研究室の傍に新しい部屋もらおうかな〜」 「新しい部屋……?」 「今の借りてる部屋、物置になっちゃってるから寝る場所ないんだよねえ。ま、本の山の上平らにしたらいけるけど」 「………………」  とんでもないこと言ってるなこの人。  偏見は持たないようにしてるつもりだったが、やっぱり研究職の人って変な人が多いのだろうか。なんて絶句する俺を前に、ごくごくとあっという間に水を飲み干すモルグ。 「ぷは、生き返る〜」 「そんなに忙しかったんですか?」 「忙しいっていうか〜、んーー僕は分野外なんだけど医療班の人手が足りなくてねえ」  言いながら、モルグは居間のソファーまで歩いていく。濡れた髪をタオルでわしわしと拭い、それからぽいっとタオルを捨てる。何故捨てたと思いながらもそれを拾い、俺はモルグの隣に腰を下ろした。 「医療班って……怪我人が多かったってことですか?」 「まあそんな感じかな〜。最近増えてきたんだよねえ、そういうの。僕としてはまあいいんだけど、どうやら会社的には問題みたいでさ〜」  疲れた〜と言いながら背もたれにぼふんとモルグは埋もれた。人体を弄くり倒すことならば喜びそうなモルグだが、そんなモルグもうんざりしてるということを考えるとそれは相当なもののように思えた。 「お疲れ様です、モルグさん……」 「んー……」  そう、そっとモルグに声をかければ、そのままモルグは俺の方へともたれかかってくる。重い。てか、髪が濡れてる。 「君ってやっぱ、癒やし〜って感じだよねえ。皆がペット飼うのってこういうことなのかなあ」 「どっちかというと、モルグさんの方が動物的な感じはしますけど……」 「ま、人間も動物だからねえ」  うりうり、と頬を寄せられ、俺は手にしていたタオルでモルグの髪を拭うことにした。嫌がられるかなと思ったが、モルグは抵抗しない。  甘えてる……のだろうか。だらしない一面に驚きはしないが、なんだかお腹の奥からむず、としたものを覚える。 「君のそれって、お兄さん譲り?」 「え?」 「面倒見いいよねえ。ボスと同じで」  そう、モルグがこちらを見上げる。一瞬どきっとしたが、そうだ、昨夜兄がモルグとナハトには伝えていたんだった。 「そう……ですかね」 「そうだよ〜。僕だったらしないもん」 「それは……」  確かにしなさそうだな、と思いながらそのまま水滴がなくなるまで髪を拭えば、モルグは体を起こした。 「あ、まだドライヤーが終わってませんよ」 「ドライヤーはいいよ、僕熱風嫌いなんだよねえ」 「モルグさん……」 「あ、ナハトと同じ目してる〜。もしかして良平君も髪の手入れ云々言う派?」 「そこまでは言いませんけど……まあ、モルグさんがそれでいいなら……」 「わ〜怒られるより傷つくなあそれ」  なんて、全く傷ついてない顔でいうのだ。  こんな感じなのに普段さらさらの綺麗な髪してるんだから世の中理不尽だよな、なんて思いながら俺はタオルを片付ける。体も火照りも取れたらしい、脱衣室から戻ってきたらモルグは勝手に俺のシャツを着てた。 「モルグさん、せめてサイズ大きいやつにしませんか……?! 身長からしてそれは流石に無理あると思います……!」 「え〜、じゃあ着せて〜」 「そ、それは自分でしてください……」 「おかしいなあ、良平君なら甘やかしてくれると思ったのに」  この人、一度甘やかしたらどんどんつけ上がっていくタイプだ。ノクシャスとナハトが普段からモルグに厳しい理由をなんだか身を持って知った気分になりながら、俺は比較的大きめのサイズの服をモルグに渡した。今度は臍出しなんてことにはならずに丁度よさそうなのを見て安堵する。

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