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「っお゛、お前……っ」  ノクシャスが言葉に詰まっている。  なるべくいつもと変わらないように受け答えしたつもりだったのだが、なにかまずかったのだろうか。 「あの、ノクシャスさ……」  ん、と呼びかけるよりも先にノクシャスに腕を掴まれた。「え」と固まる俺を半ば強引に引き摺り、ノクシャスはそのまま部屋の奥へとずかずかと突き進む。  まずい、と思ったが、俺は振り回されることが精一杯だった。  そして。 「おいコラモルグテメェ! こいつに手ぇ出しやがったなお前っ!!」  ソファーの上、乱れた服を着直すどころか下着一枚で寛いでいたモルグは持っていたコーヒーカップを掲げ、「やほ〜ノクシャス」となんとも気の抜けた挨拶をしてみせる。  が、無論そんな和やかな空気ではない。主にノクシャスが。 「『やほ〜』じゃねえんだよ、お前誰に手ぇ出してんのかわかってんのか?! こいつは……っ!」 「ボスの弟、でしょ? 別に関係ないでしょ〜、それに僕と善家君の場合は『合意』だしねえ」 「ねー善家君」と微笑みかけられ、俺は今一度合意という言葉の意味を振り返る。  ……いや、合意……なのか……? 「いい加減な野郎とは思ったがここまでとはな」 「大丈夫大丈夫、その子もう処女じゃないって言ってたから」 「は?」 「も、モルグさんっ!」 「こんなところに四六時中箱詰めにされても可哀想じゃ〜ん。娯楽も刺激もないと人は駄目になっちゃうからねえ」  だからって今俺が初めてじゃないってことをノクシャスに言う必要はあったのか?!  軽すぎるモルグの口に顔が赤くなる。 「の、ノクシャスさん、これはその色々事情があって……その……」  とにかくこの場を上手く回避しなければならない。そうアワアワとノクシャスを見上げれば、ノクシャスと目があった。 「つか、お前この前は『初めて』つってたよなァ? 誰だ、相手は」  尖った牙を剥き出しにして唸るノクシャス。何故ノクシャスがそんなに怒ってるのか俺にはわからなかったが、確かにそんなことを言ったような気もする。  なんて答えても噛み付かれてしまいそうだが、それでも俺はなるべく丸く収まりそうな言葉を探すのだ。 「あ……あー、えーと……その……」 「ナハトだよぉ〜」 「モルグさん?!」 「えー、別に隠さなくてもいいじゃ〜ん。どうせすぐバレるって」  そういう問題ではないのだ。もう今度からモルグには大切な話はしない、絶対にしないぞと心に決めてると。 「あのクソガキ、散々人を性獣扱いしていたくせにこれかよ……っ!! くそ、こんなことなら……っ」  隣で唸るノクシャスに思わず震え上がる。  こんなことなら、なんなのだ。ノクシャスに掴まれたままになっていた腕に力が入り、ひいっと震え上がったとき、その目がぎろりとこちらを見下ろした。 「お前もお前だ、俺はあれほど言ったよなァ?! こいつには気を付けろってっ!」 「ひっ、だ、だってでも……っ!」 「仕方ないよぉ、善家君えっち好きだもんねえ〜」 「モルグさんは黙っててください……っ!」 「え〜〜?」  音圧と眼力で押しつぶされそうになりながらも、俺はこの場をどうするか考える。  確かにノクシャスには前々からモルグについては色々言われてた。そのことをすっかり忘れた俺も俺だが、まあ……なんというか……。 「に、兄さんにはこのことは言わないでください……っ」  そう二人に向かって頭を下げる。  このまま口止めをしなければあっという間に主にモルグ経由で色々広がってしまいそうな気がした。  お願いします、と続けるよりも先に「言えるかよ、んなこと」とノクシャスに突っ込まれる。  そしてノクシャスは苛ついたように髪を掻き上げ、そして深く溜息を吐く。 「やっぱテメェと二人きりにさせんじゃなかったわ、この変態野郎」 「人を変態変態言うけどさあ、そもそもノクシャスだって人のこと言えないよねえ〜?」 「ああ?」 「なんで善家君が初めてだって知ってたのぉ?」  今度はモルグに詰められ、ノクシャスはぐっと言葉を飲んだ。  確かあのときは……と思い出して、ハッとした。そうだ、ノクシャスと初めてあったとき、お酒を飲んで色々あったあのときだ。 「それは……ッ、テメェには関係ねえだろうが」 「まさかとは思うけどぉ〜〜ノクシャス、お前だって善家君にちょっかいかけてたんじゃないのぉ?」 「だったらなんだよ、前立腺マッサージしといてとうとう直接手ぇ出したやつにごちゃごちゃ言われたかねえんだよ!」 「の、ノクシャスさん……」  それはもう全部バラしてるようなものではないでしょうか、という俺のツッコミは言葉にならなかった。ノクシャスに掴みかかられそうになり、それをひょいと避けたモルグは一口コーヒーを飲む。 「まあまあ、落ち着きなよぉノクシャス。君のその短気で短絡的で浅慮で考えなしな単細胞な性格もきっと溜まってるからだよぉ、君最近女抱いてないでしょ?」 「テメェ、好き勝手言いやがって……ッ」 「ってなわけで、口止め料。善家君が払ってくれるってよ」 「体で」と服の裾を掴まれ、そのままぺろんと捲られる。俺もノクシャスもまさかそんな流れになるとは思わなかった。 「モルグさんっ」と慌ててモルグの手を掴むが、そのままモルグは「まーまー」と俺の胸を撫でるのだ。 「ほら、ノクシャス。この子こんな顔して感度めちゃくちゃ良いんだよぉ」 「も、モルグさん……本当に……ッ、ん……っ」 「君も任務ばっかで疲れてるんだよぉ、息抜きに相手してもらいなよぉ」 「……ッ、……て、めぇ……」  ちゅ、とどさくさに紛れてモルグに頬にキスされる。こそばゆさとノクシャスに見られてるという恥ずかしさ、それ以上にまだ先程までの行為の熱が残っている中、この状況をまだ飲み込めずにいた。  ノクシャスがこちらを見ている。額に青筋を浮かばせ、今にもモルグに殴り掛かりそうな気配すらあるノクシャスの気迫に震える。 「ほら、善家君も可愛く誘ってみなよ〜」  さっきみたいに、と円を描くように乳首の側面、その乳輪部分を柔らかく撫でられれば上半身が震える。 「の、ノクシャスさん……」  た、助けてください……。  そう小首を振り、目の前のノクシャスを見上げたとき。伸びてきたノクシャスの腕に掴まれる。そして抱き寄せられる体。 「ん〜? なあに、それ?」 「……こいつは俺が見る」 「え、え……?! あ、の、ノクシャスさん……っ?!」 「へえ?」と片眉を上げるモルグを無視して、ノクシャスはそのまま俺を小脇に抱えて歩き出す。  その足の向かう先は部屋の外だ。まるで荷物かなにかのように軽々と抱えられた体は浮き、「ノクシャスさん!」と呼び止めるがノクシャスはガン無視である。 「じゃ、僕は暫くここで休ませてもらうかな〜」  どういうことだ、モルグもなんでそんなに落ち着いてるのか。  ノクシャスを止めもしないモルグに見送られながら、俺はノクシャスに堂々と連れ出されるのであった。

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