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「あ、あの、ノクシャスさん……っ!」  ノクシャスの大きな手のひらを振り払うことなどできない。  どこまで行くつもりなのだろうか、と必死にその広い歩幅に追いつこうとするが足元がふらついてしまう。そのままよろめきそうになったとき、ノクシャスに抱き止められた。 「あ……っ、ご……めんなさ……」 「はあ……」  それは大きな溜息だった。  人通りの少ない通路のど真ん中、ようやく立ち止まったノクシャスはこちらを振り返るのだ。 「ノクシャスさ……」  と言いかけた矢先だった。いきなり足元が浮く。ノクシャスの小脇に抱えられたと気付いたときには遅い。 「あの、ノクシャスさんっ、待って下さい……!」 「うるせえ、舌噛むぞ。……歩けねえんだろ」 「う……で、でも、流石にこれは……お、俺軽くないですし……っ!」 「テメェくらい持てねえわけねえだろ。つうか、トレーニングルームの一番軽いダンベルより軽いぞお前」  それはヴィランの人たちの馬力がおかしいだけなのでは、と思ったが、本当に軽々と抱えられてしまうと何も言い返すこともできなかった。  もしこんなところを誰かにでも見られたら、とも思ったが、暴れたところで疲れるだけだろう。俺はノクシャスに甘えることにした。  そして、ノクシャスに連れられてやってきたのはナハトの部屋からそう遠くはない扉の前だった。ノクシャスが扉の前に立つと扉は自動で開く。  そしてそのままノクシャスが部屋へと足を踏み入れれば部屋の照明が点灯する。  トレーニング器具や使い方も分からないような武器、それらを手入れするための道具などが散らかったその室内。  扉が一人手に閉まるのを尻目に、ノクシャスはそのまま俺を下ろした。放り投げられるかと思ったが、存外優しく地面に降ろされ戸惑う。 「あ、あの、ここって」 「俺の部屋。あの変態が入ってこれない場所、ここしか思い浮かばねえから連れてきただけだ」 「言っとくが他意はねえからな」と念押しされる。思わず勢いで「わかりました」と返事してしまうが、他意とはどういうことだろうか。 「あれほど忠告してやったはずだがな」 「す、すみません……」 「風呂入ってそのクセー匂いどうにかしろ。あと頭も冷やしてこい。他のやつらに見つかる前にな」  なるほど、そのために俺を連れてきたのか。  そんなに臭かったのだろうかとすんすんと匂いを嗅いでみるが、やはり自分では分からない。けど、ノクシャスに速攻事後だと見破られるくらいだ。いたたまれなくなり、俺は「はい」と項垂れる。  そしてシャワールームへとお邪魔しようと思うが、ノクシャスの部屋には扉がいくつもあってわからなかった。部屋の中を右往左往してると、どすどすと大股でやってきたノクシャスに「こっちだこっち!」と捕まえられる。  そしてそのまま首根っこを掴まれて脱衣室まで連行される俺。 「わ……ノクシャスさんのお風呂、俺の部屋よりも広いですね……!」 「そりゃお前はサイズが違うからな……シャワーの温度はここで変えれるからな、自分で好きなように弄れ。んでタオルはこれ」  「あ、ありがとうございます……」 「その匂いさせたまま戻ってくんじゃねえぞ、いいな」 「は、はい……」  言いたいことだけを言ってノクシャスは脱衣室から出ていく。バタンと勢いよく閉まる扉を眺めたまま俺はノクシャスから受け取ったタオルを抱えた。  言い方はぶっきらぼうではあるが、やはりなんだかんだノクシャスは面倒見がいいんだろうなと思う。怖いけど。  言われた通りシャワーの温度調節するが、ノクシャスの設定温度が普通に火傷するのではというレベルの高さで慄きながら俺は慌てて四十度まで下げる。  それからシャワーを借りて、モルグとの行為の名残を洗い流す。他人のシャワーで全裸になること自体なかなかだと思うのに、こんなことしてるなんて背徳感云々の話ではない。  温かいシャワーを浴びることにより、なんとか体の火照りが収まってくる。すると、次にやってくるのは恥ずかしさやいたたまれなさだ。  ナハトに対する裏切りもなにもモルグの言うとおり別に俺はナハトのなんでもないが、連日この有様はあまりにも、あまりにもどうなのだ。  挙げ句にノクシャスにもバレてしまう始末。  これからどんな顔をして過ごせばいいのだ、そんなことを考えてる内に今度は逆上せそうになっていた。  人の部屋のシャワーにあまり長居するわけにもいかない。俺はノクシャスに怒られないためにも丹念にシャワーを被り、そしてそそくさとシャワーを出る。  服に着替え、髪の水気をタオルで拭った俺はそのまま浴室から出た。そしてこそっとリビングを覗けば、ノクシャスの背中が見えた。なにやら誰かと通信してるようだ。声を潜めているため内容まではわからなかったが、ノクシャスは俺の方に気付けば「また後で連絡する」とだけ告げ、半ば一方的にその通信を終える。 「上がったか」 「あ、あの……シャワーありがとうございました」 「あのままでいられるよかマシだ。おら、座れよ」 「え」 「えってなんだ? まさかそのままのこのこ帰るつもりだったのかよ」 「い、いえ……」  そのつもりでした、なんて言ったらなにされるかわからない。俺は緊張しながら部屋の中央、大きなソファに腰を掛けた。その向かい側のソファに腰をどかりと落とすノクシャス。  ……なんだこの図は。いつの日かの教師との面談の図を思い出し、なんだか胃がきりきりしてきた。

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