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「……」 「……」  うう、気まずい。別にまだ怒られてるわけではないが、ノクシャスの顔が怖いのだ。あと圧。 「え、えーと……お、お風呂……ありがとうございました」  気まずさに耐えきれず頭を下げれば、ノクシャスはふん、とそっぽ向いた。 「言っただろ、別にお前のためじゃねえよ。……つうか、あのままでいられる方が俺には迷惑なんだよ」  迷惑、という言葉がぐさりと刺さる。  ごめんなさい、と項垂れれば、ノクシャスは「あーもう」と苛ついたように髪を掻き上げる。 「お前、暫くあいつらに会うのやめろ」  それは予想してなかった言葉だった。  ノクシャスの口から飛び出した言葉に驚いて、「え」と顔を上げればそこには先程と変わらぬまま怒った顔をしたノクシャスがこちらを睨んでいた。 「ど、どうして……」 「どうしてってそりゃ……そうだろ、つかまた会う気でいたのか? お前」 「だ、だって……でも、あいつらって……」 「安生やボスでもそういうだろ。特にモルグ、あいつ懲りてねえからぜってーまたお前にちょっかいかけるだろ」  やっぱり『あいつら』にはナハトも含まれてるようだ。ノクシャスの言葉に我慢できず、「でも!」と声をあげればノクシャスは俺の言葉の先を読んだようだ。 「言っとくが、俺のあれは事故だからな! あれはその……酒だ! 酒すりゃ飲まなかったらそもそも俺はお前なんぞに興奮もしねえよ、ああそうだぴくりともこねえ。けどあいつらはシラフでこれだ」 「う……」 「ったく、ケダモノはどっちだよ。……クソ、あいつら節操なしかよ」  返す言葉を必死に探すが、見つからない。  うう、と唸ることしかできない俺にノクシャスは大きな溜め息とともに足を組み直す。 「安生には俺から適当に言っとく。……ったく面倒臭え、んで俺がこんな面倒なことしなきゃなんねえんだよ」  ぶつくさ言いながら再び通信機に手を伸ばそうとするノクシャスを見て「ま、待ってください!」と俺は思わず飛びついた。 「おわっ! んだてめ、くっつくんじゃねえよ!」 「も、モルグさんはともかくナハトさんはその、許してください! あと兄と安生さんにも内緒にしてください、お願いします……っ!」 「テメェ雑魚のくせに要求が多いんだよッ! おい離れろ! つかお前貧弱過ぎて逆に触れにくいんだよ!」  まさかここで貧弱なことが役に立つとは思わなかった。ならば、と更にノクシャスの腕に掴む。ノクシャスが少しでも本気を出せばすぐ剥がされるとわかったが、それでも今はチャンスだ。 「ノクシャスさんが話すんだったら俺も、ノクシャスさんにふぇ……フェラさせられましたって兄さんに言いますから!」 「ああ?! テメェまさか俺を脅すつもりか?!」 「ヒッ! で、でもだって、ノクシャスさんもバラすんだからおあいこじゃないですか……ッ!」 「……、……ッ!」  半ばやけくそだったが、ノクシャスの反応はなかなかよかった。  どうやら兄――ボスを恐れているのか、心なしか青褪めて見える。ノクシャスがそんな顔をするなんて、余程兄に知られたくないのだろうか。  ならば、と俺は閃いた。 「……っ、ノクシャスさん」  俺の腕の倍はあるであろう筋肉に覆われたその逞しい腕にするりと腕を絡めれば、ぴくりと腕の中のノクシャスの体が反応する。  ノクシャスの眉間の皺が深くなり、おい、と尖った牙が覗いた。  怯んでは駄目だ、と己を鼓舞しながらも俺はそのままノクシャスに擦り寄るのだ。 「お酒がなかったら……良いんですよね」 「ああ? なに言って……ッんむッ!」  ええい、こうなったらどうにでもなれ!  そう心の中で叫びながら、俺はそのまま背伸びをしてノクシャスにキスをした。いや、キスと呼ぶにはあまりにも粗末、寧ろ事故レベルの接触ではあるがそれでもそのときの俺は必死だったのだ。 「っ、てめ、何考えて……ッ」 「……兄さんには、言わないでください」 「……ッ、……」 「ナハトさんのことも……っ、お願いします」  この際口が紙のように軽いモルグはさておきだ。  ちろ、とノクシャスの唇を滑れば、ノクシャスは口元を引き締める。そして、やめろ、と顔を逸らされるがやはり無理やり引き剥がしてこなかった。  力加減がわからないからか?俺がボスの弟だから?それでも、やるならここしかない。  ノクシャスには悪いが、俺はまだここで穏やかに過ごしたいのだ。あと、兄に知られたらと思うと後が怖すぎる。  だから、黙っててもらわなければならない。 「ん、ノクシャスさん……っ」 「っ、こ、の……ッ馬鹿が……ッ!」  ノクシャスの上唇をそっと啄み、軽く吸い上げればみるみるうちに触れるノクシャスの肌が熱くなっていく。もう一息だ、と思った矢先。思いっきり服を掴まれ引き剥がされた、瞬間、繊維がちぎれるような音ともに着ていたシャツが布切れと化するのだ。 「っ、ぁ……」  青筋を浮かべたノクシャス、極限まで手加減してくれたのだろうがそれでも呆気なく服を破かれるほどの力だ。『あ、まずい』と青ざめたところで遅い。 「の、ノクシャスさん、あの……」 「……テメェが何考えてんのか、よおく分かった。ああ、よーーくな」  地を這うような低い声。  本気で怒ってる。煽りすぎたのだ。けれどだってでも、こうすることしかできなかったし。  しかし、ここで引くわけにはいかない。 「……っ、ノクシャスさん、俺はただ黙っててくれたら俺もノクシャスさんとのことは誰にも言いませんから……――」 「言いませんから……なんだ? これからもあいつらにハメてもらいますってか?」 「……ッ、は……」  ハメる。身も蓋もない言い方に顔が熱くなる。 「違います、そうじゃなくて」明らかに誤解されてる。事実ではあるかもしれないが、けれどももっと俺はただ今まで通り仲良くしたいだけで……。  風呂上がりだからだろうか、考えれば考えるほど体が熱くなってくる。反論の言葉を探そうとしたときだった。ノクシャスの手が顔に伸びる。 「んう……ッ!」  頬を撫でる、なんて優しい動作ではない。口元を覆うように伸びてきた指は口にねじ込まれ、そのまま口を開かれた。 「余程、モノ好きらしいな。テメェは」 「の、のふはふひゃ……」 「あいつらみたいに俺も籠絡できると思ったのか? こんな貧相な体で」 「っ、ふ、う……ッ!」  まだ火照った体を大きな手のひらで撫でられ、びくりと跳ね上がる。  身を捩り、ノクシャスの指を外そうとするがガッチリと絡みついてくるそれは離れない。それどころか、ノクシャスは破れたシャツの残りも剥ぎ取り、剥き出しになった胸を撫でるのだ。 「俺を脅そうとするなんざ、いい度胸じゃねえか。……良平」  もしかしたら俺は選択肢を誤ってしまったのだろうか。  目の前、凶悪な笑みを浮かべるヴィラン様を見上げたまま凍り付いた。

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