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 なんとなく、居心地の悪さが残っていた。  その理由は言わずもがなである。 「モルグさん、忙しそうですね……」  不機嫌も不機嫌、というよりもノクシャス自身も俺への対応を決め兼ねているように見えた。 「ノクシャスさん」と声をかければ、「あいつなんか知らねえよ」と苛立ったようにその足を組み直すのだ。  ……こ、これは、話しかけるなということだろうか。  障らぬ神になんとやらだ。  俺はこの気まずい空気から逃げるように、取り敢えず無意味に手でも洗いに行こうかと立ち上がったとき。 「う、わわ」  思いの外筋肉が反応せず、そのまま転びそうになる。  瞬間、立ち上がったノクシャスに腰を掴まれた。  まるで赤子かなにかを受け止めるかのように軽々と俺を支えたノクシャス。 「あ、ありがとうござ……」 「動けねえくせに無理してんじゃねえ! せめてじっとしてろ!」 「ひっ、す、すみません……っ!」  そしてそのまま強制的にベッドまで運ばれ、ノクシャスに寝かし付けられる。  舌打ちしながらシーツを頭まで被せられ、その大きさに埋もれそうになりながらも俺は慌てて顔だけ出した。 「ノクシャスさん、あの……」 「寝ろ」 「ちょ、ちょっと待ってください……っ!」  再びシーツを被せられそうになり、慌てて止めればノクシャスは「なんだよ」と露骨に不機嫌そうにこちらを見下ろすのだ。  その眉間には深いシワが刻まれている。 「その、色々すみませんでした……俺のせいで」 「ああそうだよ、テメェのせいだ。元はといえばテメェがモルグのやつ調子乗らせるからだろ」 「う……」  確かにまあ、巻き込んでしまったのは俺だ。  ノクシャスも楽しんでいた気がしないでいないが、そんなことを言い出したらきりがない。 「あの、本当に兄には俺言いませんし、その、ノクシャスさんも口裏を合わせていただければ大丈夫だと思いますので……!」 「ご安心くださいっ!」と拳を握り締めノクシャスに返せば、ノクシャスの顔が更に険しくなる。 「つうか、お前さ」 「……? はい」 「俺たちに抱かれて、嫌じゃねえの」 「……………………」 「なんで黙んだよ」 「す、すみません……あまり深く考えてなかったので……」  確かに、緊張だったり動揺はあったが、嫌悪感や恐怖は感じなかった。……いや、これ以上はおかしくなるんじゃないかという恐怖はあったかもしれないけどもだ。 「でも、俺……嫌とはそんなに感じなかったです。そ、その……気持ちよかったので……」  言いながら顔が熱くなっていく。ぽかぽかと熱くなる顔を手で仰げば、ノクシャスは「は〜〜あ」と深い溜息を吐くのだ。 「……流石、ボスの弟だな」 「ボス、どんな教育してんだ?」と不思議そうな顔をするノクシャスだが、少しは機嫌は直ったらしい。 「ノクシャスさん……」 「取り敢えず、動けるようになるまで休んでおけ。後に響いたらボスにぶっ殺されるからな」  そんな大袈裟な、と思ったがノクシャスなりのジョークなのかもしれない。  なんて思いながら、俺はノクシャスにおやすみなさいをして再び休むことにした。  ……。  …………。  ………………。  そしてどれほど時間が経っただろうか。  眠っているところをいきなりシーツを引き剥がされてぎょっとした。  暗かった部屋が瞬時に明るくなり、照明の下、こちらを覗き込むのは黒い陰。 「んえ……?」 「いつまで寝てんだよ、寝坊助野郎」  黒衣に身を包み、仮面を被ったその人物。その仮面の下から聞こえてくるのは今はどこか久しぶりな声だった。 「な、はとさん?」  恐る恐るその名前を呼んだ時。  いきなり身体が宙に浮いた。ナハトの細い腕に抱きかかえられるのだと気付いた時、ぎょっとする。  夢だと思ったが違う、本物のナハトだ。

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