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「っ兄さん! どうしてここに……」 「お前の居場所くらいすぐに分かるよ」  流石兄さん、と感動しそうになったとき。 「それよりも」とそっと俺の身体を離した兄は、そのまま歩いていく。  そして、扉を潜った兄はその部屋の奥にいた三人に目を向けた。  対する三人(というより、モルグ除く)は何故ボスがここに来たのか分からず、そのまま固まっていた。 「ノクシャス、ナハト……そしてモルグも。三人揃っているなら話は早いな」 「どうしたの〜、ボス。わざわざボスの方から来てくれるなんて」 「いや、この子……良平のことで少し話があってね」  ニッコリと微笑む兄。その口から出てきた言葉に、思わずぎくりと反応しそうになる。  まさか、バレた……わけではないよな。ナハトやモルグ、ノクシャスたちとのあれやそれが。  そう思いたいが、タイミングがタイミングなだけにいい予感がしないのだ。 「に、兄さん……俺のことって……」 「丁度いい。これはお前自身のことでもある。……良平、お前も一緒に聞いてくれないか」  あくまでもいつもと変わらない様子の兄。  普段なら安心するその優しい声すらも、今はその真意が読めずにどう反応すべきかわからずにいた。  けれど、ここで逃げるのもおかしい。 「う、うん……わかった」  そして突然の兄の訪問により、俺・兄、そして向かい側にノクシャスとモルグ、やや離れた壁に立つナハトという三者面談ならぬ五者面談が始まったのだった。 「それで、話っていうのは……」   なんなんだ、この空間は。  主に向かい側からのノクシャスとモルグの威圧感に圧倒されつつ、俺は兄の方をちらりと向いた。 「ああ、そのことだが……今まで主に三人には良平の面倒と護衛を頼んでいたな。そのことだが、少々状況が変わった」  先程までとは一変し、真面目な顔をした兄。  その言葉にナハトが反応した――ような気がした。 「状況?」と聞き返せば、ああ、と兄は頷く。 「現状、常に三人の内の誰かしらがお前に付きっきりでいるのは難しいと判断した」  それはつまり。 「これからは良平の護衛よりもそれぞれの任務を優先してくれ」  そう向かい側の三人の顔をゆっくりと見つめ、そしてあくまで淡々と兄は続ける。 「……でも、それじゃあ誰がこいつの面倒を見るんですか」  そう口を挟んだのは先程まで黙りこくっていたナハトだった。  あのナハトが敬語を使っていることに驚いたが、それよりもその内容だ。確かにそれは疑問に思った。 「ああ、そのことについてはもう話をつけているから心配しなくていい」  そして、そんたナハトの疑問も予め読んでいたのだろう。  兄はこちらへと振り返るのだ。  そこにいるのはいつもの兄ではなく、ボスの顔をした兄だ。 「良平、お前は前々から自分に出来ることがあればと言っていたな」 「う、うん……そうだけど」 「これからはお前は安生の下、営業部でうちの職員として働いてもらう」 「え――」 「な……ッ」  予想してなかった兄の言葉に俺は思わず立ち上がりそうになる。  というか、なんでナハトたちのが驚いてるんだ。 「に、兄さん……その、営業部って……」 「勿論、いきなり飛び込み営業して契約とってこいというわけではない。そのことについては安生の方から詳しい説明があるだろうが、少なくともこれはお前のためでもあるんだ」  良平、と兄は俺を見て続ける。  ヴィラン派遣会社の営業部――字面からして正直何をするのか、そしてされるのかまるでわからないだけに困惑する。  けれど、兄が言うからには大丈夫だろうと思ってしまってる自分もいた。未知の世界ではあるが、一月ほどこの会社で暮らした俺は以前ほどの恐怖を覚えることはなかった。 「こいつが営業部って……ボス、いくらなんでもそれは……」  しかし、寧ろ俺よりもナハトやノクシャスの方が狼狽えてるように見える。  ノクシャスなりに俺の身を案じてくれてるのだろう。多分。 「俺も最初は心配だったさ、今でも思うところはあるが――今のお前たちを見て確信した。俺の、ただの身内贔屓ではないとな」 「に、兄さん……」  兄にそんな風に褒められる日が来るとは思わなかった。  確かに兄は俺に甘いという自覚はあったけども、それでも甘さとは別に冷静さも兼ね揃えた人間だ。  だからこそ余計、じんわりと胸の奥に暖かなものが広がっていく。 「お前たちがこうやって、プライベートの時間で三人集まることなんてなかったはずだ。しかも、そうやって楽しそうにしてるなんて」 「ぐ……ッ」 「い、いや、ボス……何言って……」 「そうだろう? ――特にナハトとノクシャス、俺はお前たちがまだ幼い頃から見ていたが、そんなことは一度なかったはずだ」 「少なからず、良平の影響を受けてることは間違いないだろう」対する、名指しされたノクシャスとナハトの顔色は最悪である。  自分の直属の上司相手だからこそ否定することもできず、必死に堪えてるノクシャスとナハトを見て「ブハッ」とモルグは吹き出していた。 「笑ってんじゃねえ!!」  そしてノクシャスにキレられていた。  そんな二人を他所に、兄は俺の肩に触れる。 「良平、お前に頼みたいのは主に社員たちのメンタルケアだ。社員が気持ちよく働けるように悩みがないか、愚痴を聞いたり、そういうコミニュケーションを取ってヒアリングをする。――それがお前のここでの主な仕事になるだろう」 「コミニュケーション……」 「ああ、こいつらと仲良くなったみたいにな」  兄は微笑む。  他意はないはずなのに、その言葉に嫌な汗がじんわりと滲むのだ。嬉しいはずなのに、喜ばまじいはずなのに……正直純粋とは言い難い関係になってしまっている今、兄にどんな顔をすればいいのかわからない。 「営業部は安生の管轄だ。今のお前なら、他のスタッフともすぐに打ち解けられるだろう」 「う、うん……」 「……不安か?」  歯切れが悪い俺に、兄の表情が僅かに曇った。  ここは、兄に心配させるわけにはいかない。  それに、ずっとおんぶされっぱなしなのは嫌だった。だとすると、これは兄がくれたチャンスなのだ。  俺は首を横に振る。 「ちょっと緊張するけど、兄さんが俺のためにくれた仕事なので……精一杯頑張ります!」 「そうか、その意気だ」  そう、兄は微笑む。頭を撫でられ、思わずふにゃりと脱力しそうになったが、今は真剣な話の場だ。慌てて俺は姿勢を正して兄の手を受け入れた。

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