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03
社員食堂はカウンターで注文する方式のようだ。
もっと賑わっているのかと思ったが、思ったよりも静かだった。
「社員食堂なんて久しぶりにきた」
「確かにナハトさん、部屋で食べてることのが多いですよね」
「ここの飯は俺の口に合わないから」
「ナハト君が偏食すぎるだけですよ。美味しいじゃありませんか、健康志向で」
安生はカウンター席に腰をかけるので慌てて俺も座る。そして一席開けてナハトが腰を掛けた。
食堂内、すれ違う社員たちがちらちらとこちらを見ていた気がしたので慌ててぺこりと会釈すれば、なんだか変な反応をされる。
まるで物珍しいものを見るような、そんな目だ。
「偉いですね、良平君はもう挨拶ができて」
「やっぱり第一印象が大事なのかと」
「無視でいい、あんなの」
「ナハト君、また君はそうやって……」
急に不機嫌になるナハトに戸惑っていると、右側に腰を掛けていた安生が「ナハト君は社内でも有名人ですからね、そんな君が食堂にいて皆驚いてるんですよ」と笑う。
なるほど、さっきの妙な反応は俺ではなくナハトに向けてだったのか。
「はあ……うざ、やっぱ俺帰る」
「おや、せっかくドリンク頼んだんですからせめて飲んで行ったらどうですか?」
「萎えた。……お前にやるよ、良平」
「え、でも」
「就職祝」
「あ、ありがとうございます……」
そう立ち上がったナハトはそのまま注文カードを俺のテーブルの前に置く。
そして結局引き止めることもできないまま、俺は出口に向かって歩き出すナハトの後ろ姿を見送った。
「な、ナハトさん……大丈夫ですかね」
「ああ、気にしなくても大丈夫ですよ。彼はあれが普通ですからね、寧ろここまで来たことにびっくりしましたから」
「そうなんですか……」
仕事帰りのようだったし疲れていたのかもしれない。
その後、ナハトの頼んだドリンクを受け取ったが俺好みのフルーツたっぷりのジュースだった。
もしかしたらナハトさんは最初から俺のために頼んでくれたのだろうか、なんて思ったがそれこそ都合のいい考えだろうか。
それから安生と食事をしていたときだった。
「専務、おはようございます!」
不意に後方から声が聞こえてくる。
まさか俺に言ってるわけではないだろうと思いながら何気なく振り返れば、そこには見慣れない青年が立っていた。
明るい髪色だが、俺や安生のようにスーツを着用した好青年だ。
誰だ、と思っていると隣でサラダスティックを齧っていた安生が椅子の座面をくるりと回して振り返る。
そして、
「ああ、おはようございます。|望眼《もちめ》君」
まさか、専務って安生のことなのか。
確かに代表取締役である兄と一緒によくいたが、それでもまさかそこまで偉いとは思ってなくて思わず安生を二度見してしまう。
そうだ、あまりにも人間らしいせいで忘れていたがこの人はあのニエンテなのだ。そしてそのニエンテが専務ってなんなんだ。
一人で混乱していると、「そっちの人は?」と望眼と呼ばれた好青年はこちらを見る。
「ああ、丁度よかったです。……良平君、こちら君が配属される営業部の望眼君です」
「あ、あの! 初めまして良平です!」
「うお、元気いいな。俺は望眼だ。よろしくな、良平」
差し出された望眼の手を握り返せば望眼はにっと笑った。今まで接してきた人たちが人たちだったからこそ余計、人良さそうな望眼に安心感を覚える。
「あの望眼君もとうとう先輩になるんですねえ。良平君のことよろしくお願いしますね」
「確かに、まじでようやくって感じですけど。あ、良平隣いいか?」
「あ、ど、どうぞ」
「なんでお前まで立ってるんだよ」
なんてやり取りを交わしながら、望眼を交えて三人で朝食を取る。
話してみると望眼は俺よりも三つ上のようだ。だからだろう、なんだか近親感が沸くというか話しやすいというか……これが営業部ってことなのだろうか。望眼と話してると緊張も解けてくる。
「営業部って合計何人くらいいるんですか?」
「どうだっけ、確か三十人はいたと思うけど部署に全く顔出さないやつとかもいるからな」
「え?」
「派遣先のヴィランのところに出張してる人もいたり、能力持ちの人とかはそれこそ自分のペースに合わせてるからな」
「結構自由なんですね」
「自由か? ルールや規則があるなんて鬱陶しがるやつが多いけど、お前は変わってるんだな」
望眼の言葉にハッとする。そうか、ここは元々無法地帯である地下の国だ。地上の人間だと悟られるなと言われていたことを思い出し、「あ、えと」と言葉を探していると安生が咳払いをし、「この子は育った環境が特殊でしてね」と助け舟を出してくれる。「はーなるほどすね」と納得したように頷く望眼に、俺は内心ホッとした。
この場に安生がいてくれて本当によかった。
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