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 それから、安生と望眼とともに食事を済ませる。  終始遠巻きに見られてることを感じたが、やはり安生と一緒だからだろうか。挨拶できればとも思ったが、望眼のように直接話しにくる人はいなかった。  ――evil本社・営業部前通路。  俺のイメージしていたオフィス像に比べるとやはり黒塗りの床と壁、そしてどこか近未来的なハイセキュリティな作りは悪の組織の本部を想起させられる。  けれど社員寮同様どこも綺麗だ。清掃用のロボットがあちらこちらで働いているのも見かけた。  望眼から予め聞いていたが、ロビーに比べると営業部のあるフロアは閑散としていた。 「ここが営業部です。地上のように朝礼などとおった形式ばったものもありませんので、同じ部署の者へと挨拶はその都度するといいですよ。まあ、それも自由ですが」 「じ、自由ですか……」 「ええ、営業部に限ったことではありませんが、うちの社員は皆社長面接はあったものの『個性を育てる』というボスの方針に従っております。あまり人と接することも好まない者もいますのでね、そこは自己判断するといいですよ」  その安生の言葉に、俺はナハトのことを思い出していた。確かに、あのナハトが兄を慕うのも分かる。  兄らしいと思う反面、そこを委ねられるのかと頭を抱えそうになるのも本音だ。  今更緊張してくる俺だったが、望眼はそんな俺の肩を叩いてくる。 「ま、先輩の俺がそういうのは教えてやるから心配すんなって」 「も、望眼さん……!」 「確かに望眼君のその対人スキルは営業部でも随一ですからね。安心してもいいですよ、良平君」 「ちょ、ちょ……専務まで乗っかってこないでくださいよ。プレッシャーやばいんで」 「おや? 自分で仰られたのでは?」  笑う安生に釣られ、俺も幾分緊張が解れる。  確かに望眼のような人がいる営業部だ、イメージよりももっと雰囲気がいい部署かも知れない。  そうホッとしながらも安生たちに促され、カードキーを使って施錠を解除したときだった。 「お、おはようございます!」  そう開く扉を踏み込み、元気に挨拶をしたときだった。  あまりにも静まり返った営業部に自分の空元気な声だけが木霊した。 「……え?」  照明すら付いていない暗い室内、人の姿は見当たらない。  もしかして誰もいないのか、と戸惑っていると、俺の肩越しに中を覗いた望眼は「あちゃー」と声を漏らす。 「も、望眼さんこれって……」 「あんま朝が得意じゃない連ちゅ……人たちが多いからな。ま、その内来るんじゃないか?」 「な、なるほど」  つまり未だ誰一人出勤していないということなのか?  出張している人たちもいるということは聞いていたが、なんだか出鼻挫かれたような気分だった。 「まあ人がいないのなら丁度いいですね。君のオフィスと仕事内容について改めて私から説明させていただきましょう」 「あ、は、はい!」  そう足を踏み入れる安生につられ、俺は中へ足を踏み入れた。すると照明が点灯し、室内は明るく照らされる。  オフィスは社員の個人のデスクが用意されてるようだ。真新しいデスクの前まで案内され、「ここが君のデスク」ですと紹介される。 「好きに使って貰って結構ですよ。それと、本来ならば営業部長があの席にいるので仕事を貰うときは営業部長に声を掛けてください。君のスキルにあった仕事を用意してくれるはずです」 「今はタイミングが悪く不在ですが、彼は大体常に出社してるので」と安生は続ける。  常に出社ってなんだ、モルグのようにここで寝泊まりしてるということなのか。確かに言われてみれば安生が指した部長用のデスクは生活必需品もちらほら置かれてる。 「仕事は基本給に加え、歩合制となっております。そして営業部の基本となる仕事内容は大きく三つ。クライアント企業への提案やヒアリング、アフターフォローが主になる『営業』、登録スタッフへの支援やサポートが主になる『スタッフ支援』、それから『アドバイザー』……こちらは派遣スタッフに相談に乗ったり仕事の紹介をすることが主になります」 「君の仕事内容は主に派遣スタッフの支援とアドバイザーの中間になるでしょう」安生は「ここまでで質問などはありますか?」とこちらを見る。  咄嗟に「はい」と手を挙げれば、安生は「どうぞ、良平君」と微笑んだ。 「あの、スタッフ支援とアドバイザーの中間というのはどういうことなんでしょうか……?」 「ああ、それですね。君にしてもらいたいのは主に『スタッフ支援』ですが、それに付随してアドバイザーの役目でもある『派遣スタッフの相談』も行ってもらいたいと思ってます」 「ですが、最初の内は仕事の紹介は難しいと思いますのであくまで『中間』という形を取らせていただきました」確かに昨夜も兄に言われていた。俺の仕事はコミニュケーションを図ることだと。 「そういうアドバイスが得意な者がいますので、最初の内はそこまでする必要はありません。あくまで君の役目は心的サポート。その辺りについてはそこの望眼君の方が私よりも詳しいでしょうね」 「望眼さんが……?」 「ええ、仕事の内容的には彼も同じですから」  望眼はどうやら丁度飲み物を用意して自分のデスクに着いていたところだったようだ。「望眼君」と安生に呼ばれた望眼は「はい」と慌てて立ち上がる。 「なんすか、専務」 「いえ、良平君は望眼君と同じサポーターになるのでなにかアドバイス等あればと思いまして」 「ああ、そういうことでしたか」 「まあ、なんつーか……慣れれば楽だぞ」考えた末、そう望眼は答える。  安生は「まあそういうことですね」と笑った。それでいいのか。相変わらずゆるい二人に安心するとともにそれはアドバイスなのかと思わず突っ込みそうになった。  でも確かにそうだ、真意なのかもしれない……? 「部長も新人にやべーやつ回すとかはないと思うし、最初のうちはとにかく場数をこなせば勝手も分かってくるからな」 「は、はい……!」 「だから、そんなに緊張しなくてもいいぞ」  そう苦笑する望眼。指摘され、自分の肩がいつの間にかに力入っていることに気付く。  慌てて肩の力を抜く俺を見て、安生は頷いた。 「ここからは歩合制の内容になりますが、基本サポーターの営業成績は派遣スタッフの成績が大きく関わってきます。サポーターには担当の派遣スタッフがいて、その派遣スタッフの勤務態度がいい程担当スタッフの評価も上がります。余裕が出てきたら掛け持ちするのもいいでしょう」 「サポーターと担当スタッフの相性ってのもあって、サポーター変えた途端成績よくなる担当もいるからその辺はまじで話を聞くのが一番なんだよな」 「な、なるほど……」  本当にコミニュケーションが主になる仕事なのか。 「俺も、先輩の顧客何人か取っちゃってまじで恨まれたことあったしな。ま、その先輩もういなくなったけど」なんて笑う望眼に冷や汗が滲む。 「だから、良平も遠慮なんてしなくていいからな」 「は、はい……」  凄まじい世界だ……。  望眼は笑い話のつもりだったらしいが全く上手く笑えなかった。そうだ、ここはヴィランの派遣会社なのだ。社員もヴィランなのだと思い出させられる。

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