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06
それから望眼から仕事の手引を受けていたときだった、閉じていた扉が自動で開く。
どうやら他の社員がやってきたようだ。挨拶しなければ、と咄嗟に振り返ったときだった。
「おお、望眼早えじゃねえか」
「貴陸さん、おはようございます」
そこに現れたのは俺の父親と同じくらいの年齢の男の人だった。シャツがパツパツになるほどの見て分かるほどの分厚い胸板、そして顎髭を蓄えたその見るからに肉体派な男の人――貴陸は俺の顔を見ると「ああ」と思い出したように声を上げる。
「お前が安生が言ってた新入りだな。悪ぃな、下の子のおむつ換えてたら遅くなった」
「あ、いえ……」
おむつ? ってことは、お子さんがいるのかとか、というかどちらかというと前線で戦ってそうな身体だな、とか。色々気になったが、取り敢えず挨拶をしなければ、と慌てて俺は頭を下げる。
「本日より配属されましたぜ……ッ、良平と言います。よろしくお願いします!」
「いい挨拶だな。俺は貴陸――一応営業部長ということになってるが、飾りみてえなもんだから気軽に呼んでくれや」
「え」
この人が部長さんなのか。慌てて再び「よろしくお願いします」と頭を下げれば、貴陸は笑う。
「望眼からどこまで聞いた?」
「ああ、一応一通り流れは説明してますよ。まあ、あとはやってみるのが一番わかりやすいかなって」
望眼の言葉に、デスクまで歩きながら貴陸は「まあ、違いねえな」と続ける。
そして一台のタブレットを取り出した。
「ってなわけで、良平。お前にはまずこの仕事に慣れてもらいたいわけだが……優しいが遠回りと、厳しいが近道、どっちがいいか?」
「え?! え、き、厳しいのでお願いします……っ!」
「おわ、良平行くなあ」
「いい返事じゃねえか」
咄嗟に答えてしまい、楽しげに笑う二人を見てやってしまったかもしれないと早速後悔し始めるのも束の間。
タブレットを操作し、貴陸は俺の目の前にタブレットを置いた。
「安生から今回の話聞いて、新入り向けだなって取っておいた丁度いいやつがいたんだった。……こいつだ」
その画面に表示されたのは簡易プロフィールのようだった。写真に写ったのは気の弱そうな青年だ。年齢は俺と同い年。
名前欄にはサディークと表示されているが、所謂ヴィランネームというやつなのだろう。こんなヴィランもいるのか、見るからに気が弱そうだが……。
「こいつの部屋番号と連絡先は載ってる通りだ。良平は今日はまずこいつと連絡を取り合うこと。んで、まあ……仲良くなれって感じだな」
「な、仲良く……」
「もちろん仕事の話もしなきゃなんねえけど、この仕事はあんまマニュアルは関係ねえからな」
なるほど、と思った。「説明が面倒なだけじゃないっすか」なんて望眼がからかって貴陸にぺしっと叩かれているのを見てびっくりしたが、どうやら仲がいいようだ。望眼の首が折れてなくてホッとした。
「取り敢えず、こいつと会って今後の面談予定を取り付けることを第一の目標にしろ。連絡手段も内容も時期もお前に任せるが、『最低週に一度』『ただし次の面談は三日以内』というのは守ってくれ。」
「それと、面談は週に何度でも構わないがそのときの状況を見ること。……なにか重大な悩みがあるようだったら頻度を増やす、逆も然りだ」貴陸は言い掛けて、「あー……まあ、その辺はそのうち分かるようになるか」と続けた。
「それから、担当から受けた話や内容は記録して提出するように。……ぐらいか? 些細なことでもなにかのきっかけになるからな、報告書は一日に一度仕事あがる前に提出するように」
「わ、わかりました」
「覚えれそうか? ま、無理そうでも最初はさっきの二つだけ覚えときゃいいからな」
「は、はい……」
正直今更緊張で目が回り始めていたが、やるしかないのだ、と気合を入れ直す。
「あ、提出はこの機械からできるからな」と貴陸は太い指で差した。「機械って」と笑う望眼を睨み、咳払いをする貴陸。
「……とまあ、これくらいか。詳しいことは望眼に聞いてくれ。望眼、お前今日一日良平のこと任せていいか?」
「別にいっすよ」
「悪いな。……それと、その機械の使い方も教えてやってくれ」
「了解っす」
……そして、俺の長い一日が幕を開けるのだった。
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