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 それから、俺は望眼とこれからのことについて話し合うこととなったのだけれども。 「じゃ、今日は一日よろしくな。良平」 「は、はい……っ!」 「……っておいおい、すっかりガチガチじゃん。あんま構えんなよ」 「う、す、すみません……なんだか急に緊張してきちゃって」 「……ま、そーいうときあるよな。けど、さっきのデータ見た感じ我強くなさそうだし大丈夫だって」  言われて、俺はタブレットを取り出した。  サディークか……。確かに見た感じ人畜無害そうではある。 「ま、取り敢えず連絡してみるか。……取り敢えず、俺がお手本するから最初はそれ真似してみてみ」 「は、はい……!」  というわけで、デスクを挟んで望眼から電話口の対応をレクチャーしてもらうことになる。  それから満を持してサディークの連絡先に電話を掛けたが、なんということだろうか。サディークは電話には出なかった。 「う……もう一回掛けてみた方がいいんですかね」 「いや、多分出れないんだろうな。ま、別に必ず電話で誘えって縛りはないからこの場合はメッセージで要件伝えときゃいいよ」 「ま、さっきの今後の練習ってことでな」と望眼は励ますように俺の肩を叩いた。  それからまたメッセージの文章を一緒に考えてもらい、それからは連絡待つまでゆっくりするかと他愛のない話をしていたときだった。  デスクに置きっぱなしにしていたタブレットが一通のメッセージを受信する。  慌ててそれを確認すれば、そこにはサディークからの返信が帰ってきていた。 「あ、も、望眼さん! サディークさんからお返事が帰ってきました!」 「お、なんて書いてある?」 「えーっと……今夜二十時なら大丈夫と……」  そう答えたとき、「え? 二十時?」と望眼が顔を強張らせた。どうしたのだろうかと不安になっていると、望眼は落胆したように肩を落とす。 「まじか、その時間俺用事あるんだよな」 「あ……」 「やっぱり明日以降で調整してもらうか」  明日以降まで望眼の仕事の時間を邪魔するわけにもいかない。それに、サディークは二十時と言ってきたのだし……。  ならば、と俺は決意する。 「望眼さん、俺一人でやってみます!」 「ああ、だよな……って、え?」 「望眼さんに教えてもらったノウハウを活かして頑張りますので、その、今日は色んなこと教えてもらっていいですか!」 「こ、声でけえな……って、まじで言ってんのか? それ」  望眼は不安そうだったが、俺に迷いはなかった。  こくこくと何度も頷けば、望眼は「うーーん」と唸るのだ。 「まあ、本人がやる気なんだからやらせりゃいいんじゃないか?」  すると、部長用デスクで仕事していた貴陸が口を挟んできた。 「え、貴陸さん……でも初仕事っすよ!」 「誰だってその内一人で営業回りしに行くようになるんだから、それが早くなるかどうかだろ」 「そっすかね……」 「ま、なんかトラブルになりそうだったら俺が対応する。いいじゃねえか、やる気のあるやつ大歓迎だぞ、うちは」 「き、貴陸さん……っ!」  貴陸に応援され、なんだか嬉しくなってくる。  対する望眼も諦めたようだ。「専務にネチネチ言われても知らねえっすよ」と望眼が言えば、「もう慣れた」と貴陸は笑った。  というわけで本日二十時、サディークとの顔合わせの時間まで俺は望眼の就業時間ぎりぎりまで付き合ってもらうことになる。  そして十九半時、望眼と別れた俺は早めにサディークとの待ち合わせ場所へと向かうことになった。  頭の中では何度もシミレーションをした。  準備は万全のはずだ。  ――社内ロビー。  任務に向かう者、任務を受けるヴォランたちが多く出入りするロビーで俺は目的の人物を待っていた。  リラックス、リラックスだ……。  一応サディークにはこちらの特徴も伝えていたのだが、今になって写真を送っておくべきだっただろうかと不安になってくる。  しかしここまできたら後の祭りだ。  腕時計を確認する。二十時まで五分を切っていた。  そんなときだった。 「あ……あの、」  か細い声が聞こえてくる。  一瞬それが自分に掛けられたものかわからないほど、周りのガヤにかき消されるそれに反応が遅れたときだった。 「あの、良平君ですかっ?!」  「えっ?! あ、は、はいっ!!」  耳元で大きな声をあげられ、腰を抜かしそうになった。  そして声のする方向へと振り返り、息を飲む。  顔写真、否宣材写真見たときはあまり意識しなかったが、背が高い。覆うような影とその威圧感に圧されそうになるが、それも一瞬。 「さ、サディークです……あの、連絡いただいた……」  先程までの勢いは一瞬で萎み、再び油断すれば聞き流してしまいそうな弱々しい声に戻っていた。  ヴィランらしい毒々しさと本人の陰鬱さを兼ね合わせたような個性的な格好だが、写真の印象よりも遥かに気が弱そうだ。  ……怖そうな人じゃなくて良かった。  ただ俺はその一点にほっとした。

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