58 / 179

09

「あの、サディークさん……」 「……いや、待った」 「え?」 「今君俺のこと慰めようとした? 別にしなくていいから、そんなこと」  どう声をかけようかと考えていた矢先だった。先手を打ってくるサディークに、俺は今度こそ言葉に詰まってしまう。 「それに、お宅は仕事でやってんだもんな。……これはまあ、愚痴ってか……その、聞き流して」  それからサディークはそのままごにょごにょと口籠る。  そんなサディークの表情に、俺は『ここだ』と閃いた。 「い……いえっ! 愚痴でもなんでも俺に言って下さい。寧ろ、是非!」 「ぜ、是非って……」 「それに、俺もこの業界入ったばかりですまだ何も分からないので……サディークさんのお話とか色々聞いてみたいです」  これは本心だった。  サディークはやっぱり引き気味だったが、それでも俺の言葉を聞き終わったあとは「……ふーん」となんだか照れくさそうにドリンクに口付ける。 「まあ別に……話すくらいならいいよ? けど、別に大したことなんて言えないけど……なんか気になることあるなら答えてあげる」 「じゃあ、今飲んでるそれってなにか聞いてもいいですか?」 「……は?」 「す、すみません……さっきからずっと気になってて。どんな味がするんだろうって……」  なかなか心を開いてくれないような相手とはまず友達になるべし。仕事の話はおまけで、相手の好きなものや趣味から入るといい。……らしい。  望眼に叩き込まれた内容を思い切って実行してみれば、サディークは目を丸くしたままこちらを見ていた。  そして。 「……一口飲む?」 「いいんですか?」 「まあ、そんな目で見られたら……」 「ありがとうございます、じゃあサディークさんも俺の飲みますか?」 「いや、なんで?」  それから俺はサディークのおすすめのドリンクの話やこの喫茶店の話をする。先程まで面倒臭そうなサディークだったが、どうやら彼は好きなものの話になると饒舌になるタイプのようだ。  鷹揚のないボソボソとした喋り方が興奮気味に高くなり、早口になるのを聞きながら俺はこの場にはいない望眼に感謝することになる。  そしてサディークとの初めての顔合わせは殆ど雑談で終わったが、最初の空気に比べれば店を出たときのサディークはやや警戒心を解いてくれているようだった。  次に会う予定はまたサディークの予定が決まり次第連絡をもらうということになった。  ――喫茶店前。 「ね、良平君。いつでも呼んでいいって言ったよね」 「はい、大丈夫ですよ」 「……俺が来いって言ったら来てくれるんだ?」  サディークの方から聞いてくるとは思わなくて、なんだか嬉しくなる。  貴陸には会う頻度は相手の状況をよく見てから考えろと言われたが、まだ肝心のサディークの悩みを聞けていない状況だ。本人が会いたいというのならそれを断る必要もない気がした。 「はい、もちろん」と微笑み返せば、サディークはぷいっと視線を逸し、「……そ」と呟くのだ。 「じゃあ、また次の連絡お待ちして……」  ますね、とサディークに頭を下げようとしたときだった。行き交う周りのヴィランたちがざわついている。どうしたのだろうか、となんとなく気になって辺りに視線を向けたときだった。 「――良平?」  二メートルあるのではないかと思うほどの大きな影が近付いてきた。一瞬ぎょっとしたが、聞こえてきた声に全身の緊張は緩む。 「な……ッ」 「ノクシャスさん?」  現れたヴィランスーツ姿のノクシャスにぎょっとするサディーク。普段オフのノクシャスとばかり会っていたから俺も一瞬驚いた。 「なんだ、お仕事中か?」 「いえ、丁度今終わって……そうだ、サディークそん。この人は……」  ノクシャスをサディークに紹介しようと振り返ったときだった。先程までサディークがいたはずのそこは空になっていた。  そして遠くにそそくさと逃げ帰ってるサディークの猫背を見つけ、あっとなる。  追いかけようかとも思ったが、やめた。後で改めて付き合っていただいたお礼のメッセージを送っておこう。 「つか、今一緒にいたやつってあれか? お前の担当になるやつか」 「あ……はい。丁度解散するところだったんですけど……」 「んだよ、俺のせいで逃げられたってことかよ」 「い、いえ! そこまでは言ってません……っ!」 「ほぼ言ってんじゃねえかよ」  拗ねたような顔をするノクシャスだが、本気で怒っているわけではないようだ。  それにしても、とちらりとノクシャスを見る。普段ニュースとかで見ていたおっかないノクシャスが目の前にいるのだ。今に始まったわけではないがこのスーツ姿だからだろうか、なんだか現実味がない。 「まあいい、仕事終わりなら付き合えよ」 「良いですけど、ノクシャスさん忙しいんじゃ……」 「ああ、忙しいっての。数だけの手応えのねえ仕事をやらされてようやく終わったところだ」 「だから、付き合え」肩を掴まれれば逃げ場などない。肩にのしかかる重みにこの前のことを思い出して少しだけギクリとした。  けど、あのときはあのときだったし……まあ付き合うだけなら。  なんて思いながら、俺は「分かりました」と頷いた。

ともだちにシェアしよう!