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 付き合えよ、というノクシャスに連れてこられたのは社員食堂だった。 「ノクシャスさんも社員食堂使うんですね」 「使っちゃ悪ィのかよ」 「い、いえ! そういうわけじゃないんですが、なんだかイメージになかったので……」 「外で食うと面倒臭えのに捕まるから嫌なんだよ。……ま、連れがお前じゃなきゃ別にいいんだけどな」 「それって……」  もしかして俺のためですか、とついほんわかとした気持ちになる。  ノクシャス専用みたいな大きなテーブル席に座り、どんどんと運ばれてくる焼きたてのピザに齧りつくノクシャス。相変わらずこれからパーティーでもするのかと思えるほどの料理の量だ。 「お前も好きなの頼めよ」 「あ、は、はい……」  しかもそれ自分一人用の注文だったのか、というツッコミはさておきだ。正直なところ先程飲み物飲んだのでそれほど空腹ではない。だがせっかくなのでノクシャスの言葉に甘えて俺は軽く料理だけ頼んでおくことにした。  それから間もなく、頼んだ料理がロボによって運ばれてくる。それを受け取った。 「つうかさっきのあいつ、どっかで見た顔だな」 「あいつって、サディークさんのことですか?」 「名前は知らねえけどよ、あのひょろっこい野郎だよ。どこで見たんだっけな」 「社内で会ったとかですかね」 「さあな」  そう、運ばれてきたステーキ肉に齧りつくノクシャス。  相変わらず大きな一口だな。なんてそれを眺めながら俺はサディークのことを考えていた。 「あ、ノクシャスさん。サディークさんにメッセージ送ってもいいですか?」 「あ? 勝手にしたらいいだろ、んで俺に言うんだよ」 「い、一応断っておいた方がいいのかと思って……」  上下関係だったりそういうのに厳しそうに見えて案外気にしないのか。  ナハトだったら「なにしてんの」「俺の許可なく勝手なことしないで」なんてちくちく言ってきてたのでそういうものかと思ったが、どうやらあれはナハトだけのようだ。「じゃあ失礼します」と俺は簡潔に今日の御礼とこれからよろしくお願いしますという旨のメッセージを送る。  それを終え、タブレットを仕舞って一息ついたときには先ほどまでテーブルを埋め尽くしていた大量の料理たちの大半が食べ尽くされた後だった。 「あ、相変わらず食べるの早いですね……」 「腹減ってたんだよ。それに、こちとらお前みたいに小せぇ口でちまちま食ってねえからな」 「ちまちま……」  言われて、ノクシャスを倣って目の前の野菜パイに自分なりの大口で齧りついてみる。……が、齧ったはいいが肝心の口の中の物に文字通り歯を立てることが出来ずに「んぐぐ~!」ともがいていると、「何やってんだテメェは」と呆れた顔をしたノクシャスに飲み物を手渡される。恥ずかしい。なんとか口の中の物を咀嚼し、喉の奥へと流し終えた俺は一息つく。 「す、すみません……ノクシャスさんの真似をしてみようと思って」 「やめとけ、今度こそ喉に詰まらせて死ぬぞ」 「う……もうしません」 「ああ、それが賢いな」  そうノクシャスは笑う。普段と違う姿ということもあってなんだか変な心地だ。  思わずじっと向かい側に座るノクシャスを見詰めてしまう。すると俺の視線に気づいたようだ、ノクシャスは「なんだよ」とこちらを見てくる。元々の目つきが鋭いだけに何だか蛇に睨まれるカエルのような気持ちになった。 「ノクシャスさんがそのスーツを着ているの、ナマでみるの初めてかもしれません」 「あ? これか?」 「そりゃ、お前といるときは大体オフだったしな」とノクシャス。  寧ろ周りからしてみれば普段のオフノクシャスの方がレアなのだと思うとなんだか優越感を覚えないこともないけれども、 「でも、テレビで見るときのノクシャスさんはこっちのイメージが強かったので……なんか、『本物のノクシャスさんだ!』って感じで……」 「なんだそりゃ、スーツじゃねえと俺じゃねえってか?」 「いえ、そういう意味じゃなくて……」 「ああ、分かってるよ。……けど、正直お前にはあんまこの姿見せたくねえんだけどな」 「え? どうしてですか?」 「…………」  な、なんなんだその沈黙は。  先ほどまで機嫌よさそうだったというのに、眉間に深い皴を寄せるノクシャスにもしかして俺はまたなにきしてしまったのだろうかと狼狽える。 「お、俺が変なこと言ったからですか……?」  冷や汗がだらだらと流れる。恐る恐る尋ねれば、ノクシャスはイラついたように舌打ちをした。  やっぱり怒らせてしまったのか、と固まっていると「ぁ゛ー……ちげえよ、ちげえって。だからやめろその目!」と声を上げた。 「え……?」 「だから、なんつーかその……仕事とプライベートは一緒にしたくねえだろ」  妙に歯切れの悪いノクシャスだったが、その口から飛び出す言葉に驚いた。 「え、ノクシャスさんでもそう思うんですか?」 「でもは余計だ、でもは!」 「ひっ、ごめんなさい……!」 「……俺の場合はもう習慣みてーなもんだからどうしようもねえんだけど、スイッチが入るんだよ」  スイッチ、と思わず口で繰り返す。話の流れからしてノクシャスのいうスイッチというのは恐らく。 「そうそう、『全員ぶっ殺してやる!』ってスイッチがねえ~」  その時だった、背後から聞きなれた甘い声が聞こえてくる。それとほぼ同時にノクシャスは露骨に面倒くさそうな顔をした。その視線の先を振り返れば、そこにはモルグが立っていた。

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