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 待ち合わせ場所である本社一階まで降りれば、すぐにサディークの姿を見つけることはできた。 「サディークさん!」  ロビーの壁にもたれ掛かるように座り込んでいたサディークは、俺が声をかけるとひょろりとした上体を起こした。そして、「……おー」とゆっくり立ち上がる。 「もしかしてお待たせしてしまってましたか?」 「いや……俺も今来たところだから」  そう視線を反らし、ぼそぼそと呟くサディーク。  そして手にしていたドリンクをぐっと飲み干す。 「サディークさんの方からこうしてすぐ誘っていただけるなんて……ありがとうございます」 「別に、飯くらい……ついでって感じなら、全然だし」  ごにょ、と口籠るサディークは気を取り直すように小さく咳払いをする。  そして、長い前髪の下、サディークの目がぎょろりとこちらを向いた。 「そ、それより……俺が行きたいところでもいいか、飯」 「はい、今日はサディークさんにお任せします」  相手の好みを知るにはやはり食事が一番早い。 「じゃ、行くか」と歩き出すサディーク。そのブーツの先が外へと繋ぐ出入り口へと向かっていることに気付いてぎくりとした。 「あの、サディークさん」と咄嗟に声をかければ、サディークは「なんだよ」とこちらを振り返る。 「あの……っも、もしかして……食事って」 「……外だけど? 社内じゃ落ち着けないから、俺」 「あ、そ、そうですか……」 「なんか都合悪いのか?」  それはサディークなりの気遣いなのだろう。いきなり革新を突かれ、ぎくりとした。 「い、いえ……っ! で、でも、その、身内に危ないからあまり出歩くなって……」 「なんだよそれ、ガキにも言わねえよ。今どき。寧ろ地下は安全な場所のが少ないだろ」  確かに、地下で育ったヴィランたちからしてみたらとんとおかしな話だろう。 「言われてみれば」と思わず納得しそうになる俺を見て、「じゃ、行くか」とサディークは再び止めていた足を動かし始めた。 「あ、ま、待ってください……っ!」  足の長いサディークに置いていかれないように、慌てて俺はその後を追い掛ける。  初めて、というわけではないが兄が一緒ではない形は初めてだった。  ――ダウンタウン。そこはこの地下世界の中でもたくさんの人が集まっているようだ。  本社のビルを出て暫く、いつの日かに黒服の男たちは色んなところにいるようだがそれにしても人が多い。  老若男女、人間にキメラ。色んなタイプの者たちで溢れ返っていて、地上の都会とはまた違う。賑やかではあるが、時折聞こえてくる罵詈雑言に自分が怒鳴られたのかと驚く。 「……っ、……」 「ビビりすぎだろ」 「さ、サディークさん……あれ……」  声のする方を向けば、どうやら通行人同士が喧嘩をしてるようだ。止めるどころか囃子立てる人たちに血の気が引く。 「……あー、どうせ酔っ払い同士の喧嘩だろ」 「と、止めなくていいんですか?」 「は? なんで?」 「な、なんでって……あの人凶器持ってますし……」 「馬鹿か、ああいうのは首突っ込んだ方が面倒になるし放置でいいんだよ」 「……ッ」  ……やっぱり、おっかないところだ。  でも、この世界ではそれが当たり前だったのだと思うとなにも言えなかった。  なんて思っていると、周りがまた騒がしくなる。どうやら黒服がやってきたようだ。揉めていたヴィランたちは黒服たちによってどこかへと連れて行かれてた。 「さ、サディークさん……今のって……」 「あの制服は……ウチの警備部か」 「警備部って……」  確か兄もなにか言っていた。  あの人たちが喧嘩を止めるために見守ってるってことなのだろうかと思ったが、「あいつら、こっちにまで来てるのかよ」とうんざりしたようにサディークが言うのでそうではないのだと理解する。 「あー……あれか、昨日の襲撃でピリついてんのかな」 「普段はここにはいないんですか?」 「この時間帯はな、夜は見かけることも多いけど……」 『面倒だな』と舌打ちをするサディーク。サディークはどうやら警備部のことが好きではないらしい。 「ま、いいや。……こっち」  静かなところ通っていくぞ、とサディークは俺の袖の裾をちょいちょいと控えめに引っ張り、薄暗い路地裏へと進んでいく。  大丈夫なのだろうか、と少し心配になったが、何かあっても警備部の見張りがあるのなら安心だ。  ……サディークはよくは思っていないようだが。  なんて思いながら、俺はサディークの後を追いかけた。

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