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「さ、サディークさん……お店ってこっちにあるんですか?」 「そこの通りの奥……別に変なとこじゃないから安心しろ」  ――ダウンタウン・裏通り。  表通りもなかなか物騒な場所ではあったが、裏通りも裏通りでなかなか空気が重い場所だった。  通路全体がじっとりと湿気た空気で充満しており、表通りのような賑やかさなく、サディークの言うとおり静かな場所ではある。  捨てられたゴミ袋の上で寝てる人や、更に薄暗い細い路地から聞こえてくるボソボソとした話し声。そして、サディークの雰囲気に似たタイプの陰鬱な雰囲気の女の子ヴィランたちがこちらを見ている。  一瞬サディークのことを見てるのかと思ったが、間違いなく目があった。そしてその目はすぐにさっと逸らされるのだ。  ――もしかして俺、目立ってる? 「さ……サディークさん、俺って浮いてますか?」  そう小声でサディークに話しかければ、サディークはこちらをちらりと見下ろし、そして「かなりな」と即答する。 「う……確かに、スーツの人見かけないですもんね」 「スーツがってよりも、アンタだろうけど」 「俺ですか?」 「……まあ、このダウンタウンは特に色んな連中が集まっているからな、変なやつが一人二人いようが誰も気にしねえよ」 「へ、変なやつ……」  サディークなりに気を使ってくれているようだが、ピンポイントで胸を抉られる。  地上では寧ろ人に気に留められることの方が珍しいというのに、ヴィランの世界では地上の常識と真逆になるのだから不思議だ。  そんなことをしみじみ考えている間に、サディークの目的の店に辿り着くことになる。  壁一面、びっしりと生えた蔦に覆われた廃墟のような建物。その扉を開けようとするサディークに最初ぎょっとしたが、「ここだ」っていうサディークにまたぎょっとする。  隠れ家風、というやつか。隠れ過ぎている気もするが。  今にも崩壊しそうな、というか既にところどころ崩れている外観の建物だったので大丈夫なのかと不安だったが、中に入ってみるとヴィンテージ風のしっかりとしたカフェレストランで驚いた。どうやら外のボロさはそういうデザインだったようだ。 「すごいお店ですね」 「……ここ、気に入ってる。……珈琲も美味いし、静かだからいいぞ」  無言無表情のウエイトレスに案内され、俺たちは二人用の席に案内される。  食事時だからだろうか、俺たちの他に客がいたが皆無言で食べてる。そういうルールなのかと驚いたが、サディークは普通に話してたのでただ客層と雰囲気的に物静かな人が多いという感じなのかもしれない。  そんな食事を終え、俺たちは店を出た。 「とても美味しかったです、素敵なお店紹介して下さりありがとうございます」 「いや、別に……俺が食いたかっただけだから」  なんて会話を交わしながら路地へ出る。  裏通りの雰囲気は相変わらず独特ではあるが、気をつけろと再三注意されていた分身構えていた俺はなんだかほっとした。  ダウンタウンにもこんな落ち着く場所があったのだ。それが知れただけでも少しだけ怖くなくなっていく。 「それより……お宅、まだ時間は?」 「えと……はい! 大丈夫です」 「なら、もう少し付き合ってもらっていいか?」  少し迷ったが、これも仕事の一環だ。それに、サディークともっと親睦を深めるいい機会だ。 「はい、わかりました」と頷いた矢先だった。  丁度通りかかった細い路地、その奥で影が動いたのを見た。  そこを通り過ぎようときた一瞬のことだった、なんとなく気になってそこに目を向けた俺は「サディークさんっ」と慌てて隣を歩いていたサディークの腕を掴んで止めた。 「あ? な、なにいきなり……」 「っ、ちょっと失礼します……っ!」 「は? ……あっ、おい……っ!」  路地を抜けようとしたとき、匂いがした。それはダウンタウンのヴィランたちは慣れ親しんでいる匂いだろうが、俺からしてみたら異臭だ。  ――濃厚な血の匂い。  サディークからはダウンタウンでの厄介事に首を突っ込まない方がいい、全て黒服に任せろと言われていた。けれど。  細い路地を通り、覗き込んだ俺はそのまま立ち止まる。  そこには壁を背に座り込んで倒れている一人の青年がいた。 「……ッ、だ、大丈夫ですか……っ?!」  同じくらいの年だろうか、人の目を惹くほど真っ赤な髪の青年だったがそれ以上に目を引くものがあった。  腹部を抑えたまま、俺の呼びかけに反応するように薄っすらと目を開ける。  そして、こちらを見た青年は驚いたように目を開く。 「……っ、どうして」 「え?」 「どうして、お前がここに……」  一瞬、なにを言われてるのかすらも分からなかったが、見開いたようなその驚いた顔が一瞬、いつの日かの記憶と重なったのだ。 「――紅音君?」  中学時代、ヒーロー養成学校へと転校していった親友と目の前の赤い髪の男が重なった。  一瞬、同一人物かどうかもわからなかった。だって、あの子がここにいるはずもないと思っていたし、俺の知っている紅音君は、紅音朱子はもっとキラキラしていて……。 「……良平、知り合いか?」  そして、サディークに背後からこそりと声をかけられ、現実に引き戻される。  そうだ、ここは地下・ダウンタウン――ヴィランたちの巣窟だ。人一倍ヒーローに憧れていた紅音がここにいることも気になったが、それ以上にこの“匂い”が気になった。 「サディークさん、この人は俺の昔の親友で……すみません、傷薬とかって持ってませんか?」 「ああ、そういう。……って、んなもの持って……たわ、ほらよ」 「すみません、ありがとうございます」  サディークから受け取った傷薬を片手に紅音に近付く。膝をつき、視線を合わせるように「紅音君」ともう一度声をかけた。 「紅音君。怪我見せて、してるよね」 「善家、お前は……」 「話は後で聞くから」  この血の匂いの濃さからしてただ事ではないのはわかっていた。紅音は観念したように「お前は変わってないな」と小さく口にした。  ……変わってない、確かにそれはよく言われる。  紅音君は変わったね、なんて俺は返すことはできなかった。

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