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03
食堂で望眼と食事をし、それからまた望眼の営業周りについていくことになる。
望眼の担当社員は色んなタイプがいた。それでも老若男女幅広いタイプの社員に会うことにより、そんな社員の性格によって対応を変えてる望眼を見てるとやはり器用な人だと思った。
畏まることもあれば、昔ながらの友人のように接し、中には雑に対応する場合もあるが望眼曰く「こいつはそういう素っ気ない態度の方が喜ぶからいいんだよ」らしい。本当に器用な人だ。俺には到底真似できないだろう。
営業回りのときでも、やはり望眼の担当の社員は同業者のことを口にしていた。中には実際被害に遭った者もいて、憤る社員を宥めるように望眼はご飯を奢っていた。
そんな光景を何度か見かけた。「こういうときの領収書はちゃーんと取っとけよ、交際費として経費で落とすから」と望眼に執拗に言われる。いい加減なようでそこはきっちりしてるらしい。俺は何度も頷いた。
そして本日最後の営業回り先。
俺と望眼がやってきたのは本社の近くにあるバーだった。黒を貴重とした落ち着いた大人の空間になんだかそわそわと無意味にネクタイの位置を直してしまう。この間サディークに連れてこられたレストランバーとはまた違う雰囲気のお店だ。
ここで本日最後の担当社員に会うと望眼は言っていたが……。
望眼の姿を見ると、バーテンダーは俺たちを店内奥にある個室へと誘導してくれる。
昼も夜も関係ない地下世界ではまだ夕方にも関わらず、ぼちぼち店内は賑わっていた。分かりやすい柄の悪いヴィランはいないが、その代わり人間とほぼ変わりないヴィランたちが多いように見える。
「なんだか、大人な場所ですね……」
「はは、まあガキは来ねえからな」
「今度会う人ってどんな人なんですか?」
「一応俺の担当社員ではあるけど、まあそんな畏まる必要はねえよ。すこーし難しいやつではあるけど」
「え……こ、怖い人とかですか?」
声のトーンを落とし、ひそひそと望眼に尋ねれば、「まあ、ある意味な」と望眼は笑う。
ある意味怖い人ってなんだ。
余計怯えてると、前を歩いていたバーテンダーが立ち止まり、「こちらへどうぞ」と扉を開く。
扉の先は、店内同様落ち着いた空間が広がっていた。そして奥、ボックス席のテーブルにうなだれるようにうつ伏せになっていた男がいた。
耳まで赤くしたその男は見るからに“出来上がっている”状態だ。俺たちがやってきたのにも気付かずに、なにやらブツブツと呟いている。
「も、望眼さん……」
「……っと、一足遅かったな。大丈夫だ、大体いつもこんな感じだから」
そう言って、ボックス席までやってきた望眼はそのまま開いたソファーに腰を掛け、「考藤さん、考藤さーん」と酔い潰れていた男に呼びかける。
……って、考藤? つい最近どこかで聞いた名前だ。
「……ああ、うるさい……頭が割れてしまいそうだ」
そして、考藤と呼ばれたその男は低く唸りなが体を起こすのだ。薄く開かれた鋭い糸目がちな目には覚えがあった。
確か、この人は昨日モルグの研究室で会った――。
「頭が割れてしまいそうなのは貴方が飲みすぎるからでしょう、ほら、水」
「あ゛ぁ……」
亡霊のような唸り声を上げながらも望眼から水の入ったグラスを受け取った考藤はそのままんぐんぐと飲み始める。そして一瞬で空にしていた。
水を飲んだことで少しは落ち着いたのだろうか、まだぼんやりとした目で望眼、そしてその横にいた俺を交互に見やる。
「望眼君が……二人?」
「ちょっとしっかりしてくださいよ考藤さん、ほら、全然違いますから」
なんだか、研究室で会ったときとはまるで印象が違う。
どういうことだ、これは。戸惑ったが、確かにお酒で人格が丸っと変わる人もいると聞くし考藤もそのタイプということなのだろうか。
そう自分を納得させながら、俺は「あの、良平と申します。あのときは、お世話になりました」と慌てて頭を下げる。
そんな俺に、考藤よりも望眼の方が先に反応した。
「って、え。お前考藤さんと知り合いだったのか?」
「知り合いというか、昨日少し道案内していただいたというか……」
「道案内?」と望眼が小首を傾げるのと、「ああ!」と考藤がいきなり起き上がるのはほぼ同時だった。
「君は……確か所長のお気に入りか。なんでこんなところに……」
「あー考藤さん。こいつはうちの営業部の新入りで、今回は社会見学の一環でちょっと考藤さんにも挨拶させておこうかと連れてきたんですよ。……っていうか、所長って……」
「お前、モルグさんと知り合いなの?」つかお気に入りってなんだよ、と小声で突っ込んでくる望眼に俺は内心冷や汗滲ませた。
そうだ、必然的にモルグとの関係まで知られるということになるのか。この展開は予測してなかっただけに「えーと、その、お気に入りというかただたまたま知り合って何度かお話しただけで……」とゴニョゴニョ口籠るしかなかった。
「……なるほど、社会見学勉強するのはいいことだな。けど、肝心の先輩が望眼で大丈夫なのか?」
「おっとー、厳しいっすね考藤さん」
「い、いえ、先輩には色々勉強させてもらってますので寧ろ助かってます!」
「良平ぁ……」
つい言葉を返せば、望眼は感動したように目をうるうると潤ませていた。対する考藤は目を細め、「いい後輩じゃないか、望眼君」と笑う。
「はは、可愛いでしょう? 俺の初後輩」
「けど、手を出すのはやめといた方がいいぞ。同じ部署なら特に」
「へ」
「って……な、何言ってるんですか……っ? 呑みすぎですから、考藤さん!」
「冗談だ、冗談……おい、グラスを下げるな」
表情が変わらない分、なかなか冗談がわかりにくい人だ。けど、思ったよりもフランクな人なのだろうか。
初めて会ったときは氷みたいに冷たくて淡々とした人だと思っただけに、余計戸惑う。けど、望眼とのやり取りを見てると二人が仲が良いのだとわかってなんだか安心した。
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