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04
「おい、良平……だったか? お前も呑んだらいい、今夜は望眼の奢りだとよ」
「ちょ、考藤さん。冗談でしょ?」
「あ、あの……」
「はは、まあけど良平。お前の分だったら全然いいぞ。考藤さんは馬鹿みたいにガバガバ呑むから勘弁願いたいですけど」
「にゃんだと?」と既に呂律が怪しくなっている考藤に苦笑しつつ、「なにか呑みたいのあるのか?」と望眼に尋ねられ言葉に詰まる。
「あ、えと……俺、お酒はあんまり詳しくなくて……こういうお店も……」
「ああ、なるほど」
「……益々望眼には勿体ないですね」
「どういう意味っすか考藤さん……あっ、やっぱいいです。言わなくて」
すみません、と項垂れれば「じゃあお前が好きそうなの適当に頼んでやるよ」と望眼は笑う。やはり望眼は優しい。お願いします、と頭を下げれば、ふと向かい側の席の考藤がこちらを見ていることに気がついた。
「あ、あの……なんですか? 考藤さん」
そう恐る恐る名前を呼べば、「うーん」と考藤は唸るのだ。
「あー良平、酔っぱらいはあんま相手しなくていいから」
「俺は酔っ払ってない、しっかりしてる。意識も、ほら」
「ほらって……そういう人は大抵きてるんですよ」
「うるさい望眼、俺は良平君と話してる。……いや、ちょっと気になってな」
どうやら時間差で答えてくれたらしい。望眼は庇ってくれようとしているらしいが、酔っ払いとはいえこの程度ならば寧ろ嬉しいかもしれない。怖そうな人だと思っていた考藤がこうして話しかけてくれるのは。
「あの、気になるって……なにがですか?」
「君、うちの所長とはどこで知り合ったのかと思ってな」
「え……」
考藤の言葉にぎくりとした。
運ばれてきたグラスを望眼から受け取る。青と黄色が混ざりあった綺麗な色のお酒だ。
「えと、どこっていうか……」
「あの人の手癖の悪さは研究室でも有名だからな、どうせ飲みの席で片っ端から声をかけて知り合ったのかと思っていたがお前はお酒はあまり嗜まないらしい」
「え、えと……」
「考藤さん、モルグさんの愚痴言いたいだけでしょアンタ。ほら、考藤さんのおかわりも来てますよ」
「……ああ、やっときたのか」
敢えて自分の頼んだ酒を考藤に渡して気を逸らさせたようだ。受け取ったカクテルに気を取られている間、望眼はこっそりとこちらに口元を寄せる。
「あまり気にすんなよ、あの人の所長との不仲はうちの会社でも有名だから」
「あ……いえ、大丈夫です」
「そうかあ? ならいいけど」
笑う望眼に、ありがとうございますと頭を下げる。やはり細かいフォローもできる人だ。
望眼が一緒で助かったな、と思いつつも俺は望眼が頼んだお酒に口をつける。地下特有のお酒なのかもしれない、甘いフルーツジュースみたいでとても美味しかった。
「すごく飲みやすくて美味しいです、望眼さん」
「そりゃよかった。けど、あんまガブガブ飲むなよ? 流石に酔っ払い二人は手に余るからな」
「聞こえてるぞ、望眼」
「おーっと、考藤さんはクール系イケメンって営業部女子たちに人気ですよ~」
「……そうか」
あ、そこは満更でもないのか。
二人のやり取りを見守りながらも、なんだか俺はその場の雰囲気に酔ったようなふわふわとした心地よさを覚えていた。
これが社会人か……と思いながらも二人のやり取りを眺めているとあっという間に時間は過ぎて行く。
お酒というものは恐ろしいものだ。そんなに飲んでいなかったはずなのに、眼の前のグラスが空になる頃には脳の奥がじわじわと熱くなっていた。
全身の筋肉が弛緩したように動けなくなり、机に突っ伏しそうになっていた俺に気付いた望眼に「うお、大丈夫か?」と体を支えられる。
「ら、いじょうぶ……れふ……」
「お前めちゃくちゃ弱いな?! まじか?」
「良平、こういうのは経験だ。アルコールを摂取して免疫力をつける、生物としてそれが正しい成長だぞ」
「あーもーめちゃくちゃ言ってんなよ。考藤さんも言ってることおかしいし今夜はお開きにしますよ、お開き」
「お、おれにゃら……らいじょうぶれふ……」
「良平、その返事が大丈夫じゃねえ」
「ほら、立てるか?」と望眼に腕を掴まれる。その腕を握り返そうとするが、うまく力が入らない。そのまま望眼の腕にしがみつくままずるずると落ちていく体に「おいおい」と望眼に腰を掴まれた。がっしりと掴まれる感触に少し驚いたが、背中にくっつく望眼の体温が心地よくて思わずそのままもたれかかりそうになる。
「……っ、お、おい、良平……」
「望眼、直属の後輩はやめとけ」
「あ~~うるせえうるせえ、考藤さん、あんた一人で帰れよ」
「俺はカウンターで呑み直す」
「……アンタも相当だな」
頭の上で聞こえてくる望眼たちの声。会話の内容までは理解できなかったが、その低めの声が心地よくて更に意識が深いところに落ちていくのを俺は俯瞰して見ていた。
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