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 これ以上望眼といたら本当に朝になってしまう。  そう察知した俺は、引き留めようとする望眼から逃げるようにホテルを後にした。  少し悪いことをしてしまったかなと帰り際の望眼の顔を思い出したが、元はといえばやめてと言ったらやめると言い出したのに止めてくれなかった望眼も望眼だ。……けど、やっぱり気にさせてたら悪いので改めて望眼に侘びのメッセージを入れる。  ホテルのフロントを抜け、外に出る。  相変わらず真っ黒な空の下、本社の方角はどっちだったかと辺りを見渡したときだった。 「あの男は一緒じゃなくていいの?」  すぐ背後から聞こえてきた声に背筋が凍り付く。  すっと空気すらも凍らせるような、くぐもった声――その声の主が誰なのか、すぐにわかった。 「な、はとさん」 「ふうん、今日はお泊りしないんだ」  何故ここに、と思ったが俺の護衛の一人でもあるナハトがいてもおかしくない。  本当だったらナハトに会えて嬉しいはずなのにタイミングがあまりにも悪すぎた。おまけに顔を見ずとも分かる。顔を覆い隠す仮面のその下、ナハトがどんな顔をしているのかということが。 「ナハトさん、もしかしてずっと待ってて……」 「そうだけど、なに? なにか都合でも悪かった?」 「い、いえ、そうではなくて……すみません、お待たせしてしまって」  正直、自分でもどうナハトと接したらいいのかわからなくなっていた。  今朝のモルグの話しからしてナハトが怒ってるのは想像ついていたが、だからといって言い訳を並べたり誤魔化すのも変な感じがして――その結果、口から出てきたのがその言葉だった。  その言葉を口にした瞬間、周囲の温度がさらに低下するのを感じた。  しまった、俺はまた余計なことを言ってしまったのだろうか、とハッとしたときだ。  ナハトに腕を掴まれる。 「な、ナハトさん……」 「あんたのことを待ってたのは、あくまでもアンタの身の危険がないか監視するのが俺の役目だから」 「は、はい」 「……こんな任務、任されてなかったら俺はわざわざこんなところでいい子ちゃんするつもりもなかった」  強く掴まれているわけではないはずなのに、ナハトに掴まれた腕は動かすことすらもできなかった。  仮面越し、目の前に迫るナハトから目を逸らすこともできなくて、固まったまま俺は鼻先のナハトの顔をただ見詰め返す。  どういう意味なのだろうか。けど、確かに普通に考えれば知人がホテルから出てくるのを待っていて気持ちいいものではないだろう。  怒ってるのは分かるが、どう返せばいいのかわからず戸惑っているときだった。ぴくりとなにかに反応したナハトはそのまま俺の腕を引っ張り、歩き出す。 「あ……っ、な、ナハトさん……」 「……」  無言無視である。  それどころか、ナハトの足の速さについて行けずに躓きそうになっていると、急に立ち止まったナハトに体を持ち上げられる。 「えっ?!」 「煩い、耳元で騒がないで」 「ぁ、あ……ごめんなさい……いいッ!」  抱き抱えるというか、間違いなくそれは持ち上げられている、だった。  まるで荷物か何かのように俺の体を肩に抱えたナハトはそのまま建物と建物の間を縫うように陰に紛れて移動する。  流石ナハトさんだ、足音もなく軽々と壁を上って屋根から屋根を目に見えない速度で移動する。なかなかこんな体験することなんてないだろうが、せめて心の準備をさせて欲しかった。  目が回りそうな速さとあまりのナハトとの距離に心臓は最早爆発寸前だ。  そして、目をぐるぐると回している間に気付けば辺りには見覚えのある景色が戻っていた。  確かここは、本社へと繋がるゲートだ。いつの日か、兄と食事に行った時に通った無機質な空間がそこには広がっていた。  俺を抱えたままセキュリティゲートを潜り抜け、そこでようやく俺の体を下ろす。  ナハトに床に転がされた俺はというと、無茶苦茶な移動のお陰で平衡感覚が未だ戻っていなかったためしばらくそのまま動けなかった。そんな俺の頭の傍、座り込んだナハトはこちらを見下ろしてくるのだ。 「ねえ、なんであんなにゴミつけてるの」 「はえ……?」 「アホみたいな声出さないでくれる? ……だから、ゴミ――尾行。お前、まさか気付いてなかったの?」  ――尾行?俺に?  思わず上半身を起こせば、ナハトは大きな溜息を吐いた。 「……まさか本当に気付いてなかったんだ。生憎足は遅かったお陰で簡単に撒けたけど、なにあれ。もしかして、あれもアンタがひっかけた男?」  ナハトの言葉がチクチクと刺さるようだ。  しかしそれにしても、本当に心当たりがない。兄の立場を考えるといてもおかしくはないという話ではあったが、もしそうだとしたらまずい。  全身に冷や汗が滲んだ。青ざめ、押し黙る俺にナハトは息を吐いた。 「な、ナハトさん……お、俺……」 「部屋に戻るよ」 「話はそこで詳しく聞かせてもらうから」そう、静かに続けるナハトに俺は従うことしかできなかった。震えそうになるのを堪え、俺はナハトに頷き返した。

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