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 一瞬、ナハトの言葉の意味が分からなかった。  思わずナハトをじっと見上げれば、「なんか言えよ」とナハトは低く唸る。  いや、待ってくれ――だって、なんだ。その……え? 「そ、れって……」  そんなわけがない、と声を絞り出すが、こちらを睨むナハトは否定も肯定もせずただ俺を見ていた。顔がじわじわと熱くなる。  いや、違う。そんなわけがない。  だって、俺は。 「ぁ、あの……」 「……」 「な、はとさん……っ」  思い上がりも甚だしい。  少しでもその可能性を考えてしまった自分が恥ずかしくて、ナハトの顔を直視することができなかった。  が、それもすぐにナハトに無理矢理顔を上げさせられる。 「……返事は」  ――返事?!  いや、違う。そんなわけがない。 「ま、待ってください、俺は……あの……っ」  そしてその空気、まっピンクに染まる頭の中に堪えきれずに俺はナハトの胸を押し返す。  そのまま「帰らせていただきます!」と逃げ出そうとするが、ナハト相手に逃げられるはずなどない。  伸ばした腕ごと掴み上げられ、呆気なくナハトに壁に押し付けられた。 「な、ナハトさん……」 「ここ、アンタの部屋」 「う、うう……っ」 「――なんで逃げんの」  そんなに人の顔を見ないでくれ。  俺はもう自分がどんな顔をしているのかわからなかったが、恐らくぐちゃぐちゃで目も当てられないことになっているはずだ。  それなのに、「ねえ」と更に正面に回り込んで鼻先が近付いてくるナハトに心臓をかき回された。 「だ、だって……俺、そんなはずなくて」 「なにが」 「な、ナハトさんに、俺みたいなのが好かれるわけなんて――」  と言いかけた矢先だった。苛ついたようにナハトに頬を押し潰される。むぎゅ、と喋れなくなる俺を前に、ナハトはぴくりと片眉を持ち上げた。 「……お前、自己肯定感低すぎるだろ」  これは本気で苛ついた顔だ。俺がゲーム弱すぎて逆に苛つき始めたナハトと同じ顔だ。 「だ、だって、ナハトさんみたいなすごい人が、お、俺みたいな取り柄なんてない人間を……」 「うるさい、それを決めるのは俺だって言ってんだよ」  なんで否定してくれないんだ。 『お前の妄想だ』、『誰も好きなんて言ってない』そう笑ってくれた方がまだ良かった。  嬉しいはずなのに、同時に、いやそれ以上の恐怖心に困惑する。  ドクドクと心臓から血液が押し流されていくのすらも感じるほどだった。心臓が痛い。 「ぁ、な、ナハトさ……っん、んん……ッ」  手首を掴まれたまま、二度目のキスをされる。  先程よりも優しい、触れるような唇の感触に更に鼓動は早鐘を打つ。  視界の端が赤く染まっていくようだ。 「っ、は、……っ、ぁ……んむ……っ」  これ以上されたら本当に自分がどうにかなってしまうのではないか。そんな恐怖すらも覚えた。  顔や耳に熱が集まる。柔らかく噛まれて、ナハトの舌が唇に触れたとき、俺は堪えきれずに顔を逸した。  そしてナハトが苛ついたように舌打ちする。 「っ、こ、怖い……ナハトさん……っ心臓痛い、です、こんな……っ」 「あんたさぁ……なんなの? 好きでもない男とは平気で寝るくせに、俺のことは嫌なわけ?」 「い、嫌じゃないです……っ! だから、余計……っ」  混乱しています、と続けるよりも先に、苛ついたように舌打ちをしたナハト。それでも、身体に回された腕は離れない。 「……っ、あんた、めちゃくちゃすぎ」 「っ、ナハトさん……っ」  それどころか、ぐい、と抱き寄せられ、まるでバグするような仕草に戸惑って思わずナハトを見上げた。  思いの外近いところにナハトの顔があり、目のやり場に困った俺は慌てて目を逸らす。 「なんで逸らすの」とさらにじとりと覗き込んでくるナハト。顔を固定されてしまい、逸らすことができなくなった俺は代わりにぎゅっと目をつむった。  暗くなった視界の中、鼻柱をぎゅっと摘まれた。  う、と小さく呻いたとき、頭上からナハトが息を吐くのが聞こえた。 そして、 「――……俺のこと、好きなの?」  声が落ちてくる。  目を瞑った今、ナハトの表情は判らないがそれでもナハトの声はいつもよりもほんの少し震えて聞こえた。  ナハトだって平常ではないのはわかっていた。赤くなった顔が脳裏に浮かぶ。  あの口がちょっとばかし悪く、天の邪鬼で意地っ張りなナハトの顔が。 「す、好き……です」  少なくとも、嫌いだと思ったことはない。  最初は怖かったけど、それでも一緒に過ごす内に色んなナハトの顔を見てきて本当は真面目で責任感の強い人だと知った。 「じゃあそれでいいじゃん」 「で、で……っ、でも……っ」 「あーもう、うるさい」  ナハトさん、と咄嗟に目を開けたとき、再び視界が暗くなった。  何度キスされたのかもわからない。ちゅ、と小さく唇を触れられ、それから固まる俺を見つめたナハトはまた唇を重ねてくるのだ。

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