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どんな顔をすればいいのか、どんな風にナハトと顔を突き合わせればいいのか。
そんなことを考えたのは、あの日以来だ――ナハトに初めて、その、あれやこれをしたとき。
あの時の自分はどんな風に乗り越えたのだろうか。そんなに遠い記憶でもないのに、こんな肝心なときに思い出せないのだ。この脳味噌は。
結局終始頭の中は真っ白のままシャワールームを後にすることになる。
恐る恐るリビングルームを覗けば、ナハトがソファーに腰をかけていた。俺が戻ってくるのを待っていたようだ。思いっきり目が合ってしまう。
「あ、な、ナハトさん……」
もう起きて来たんですね、とか。もう少しベッドでゆっくりしててもよかったんですよ。だとか。
そんな気の利いて言葉を言いたかったけど、ナハトの顔を見るとどうしても意識してしまってうまく話すことができなくなってしまう。
何か言わなきゃ。そう思えば思う程頭は真っ白になってしまう。
俯いたとき、足元にナハトの足が映り込んだ。陰る視界。目の前に立つナハトに心臓の音は先ほどよりも一層大きくなった。
「な、はとさ……」
「ねえ、なんで目ぇ合わせないの」
俯いた頭の上から落ちてくるナハトの声。
昨夜のように強引に顔をお上げさせられることはなかった。けれど、だからこそ余計頭が真っ白になる。
ナハトが俺の言葉を待ってると分かったからこそ、余計に。
「あ……っ、そ、れは……」
「……」
「あ、あの……」
「……」
「……っ、……お、俺……――」
そう言葉に詰まったとき、ふと影が動いた。
ナハトが俺から離れたのだ。そして、
「……分かった」
そう、ナハトは呟く。
一瞬何を言っているのかわからなかった。つられて顔を上げたとき、ナハトが見たことない顔をしていた。怒りとも、無表情とも違う。ほんの一瞬、その顔がなんだか傷ついているように見えたのだ。
一体何が分かったというのか。俺はまだなにも、何一つちゃんとナハトに伝えられていないというのに。
「……っ、ナハトさん、ま……待ってください」
気付いたら、俺はそう離れようとしていたナハトの腕を掴んでいた。
驚いたように丸くなったナハトの目がこちらを捉える。心臓は相変わらず痛い。顔だって、こんなに火照ってるのはシャワーを出た後だからという理由だけではないはずだ。
それでも、先までは見るのがあんなに怖かったナハトの顔が見れた。自分が傷つくだけならまだいい、けれど、俺のせいでナハトにあんな顔をさせたくなかった。
「お、俺は……その、う、嬉しかったです」
「……なにが」
「あ、えと……ナハトさんに好きだって、そう言ってもらえたのは」
「ですけど、その、お恥ずかしい話、俺はそういう経験はなくて」だから、どういう反応をしたらいいのか。どう答えればいいのかわからなかった。そう、しどろもどろと言葉を探りながら伝えれば、ナハトは「知ってる」とぽつりと呟いた。
「て、え……?! な、なんで知ってるんですか……?」
「そんなの、お前の反応見たらだれでも分かると思うけど」
「そ……それは……」
……否定できない。
「確かに、ナハトさんみたいにそういった経験はありませんけど……」
「俺だってないけど」
「そうで……――え?」
さらっととんでもないことを口にするナハトに、思わず俺は目の前の男を二度見した。
どこか怒ったような、イラついたような、そんな顔をしたナハトはこちらを睨んでいた。若干顔が赤い。
「だから、昨日も言ったはずだけど。……どうでもいいやつなんか相手しないって」
「え、でも、それは言葉の綾ってやつでは……」
「そんなわけないだろ」
はあ、と深く息を吐き出し、「あーーもう!」とイラついたようにナハトは髪を掻き毟る。
そんなナハトの反応に、まさか、と俺は思考を止めた。俺はてっきりその、そういう経験の話しだけだと思っていた。
けど、この滅多に見ないナハトの取り乱し方からして、もしかして。これはまさか。
一頻り唸ったかと思えば、ナハトにがっちりと両肩を掴まれる。そして、顔を真っ赤にしたナハトがこちらを睨んでた。
「俺だって……誰かにこんなこと言うの初めてだって言ってんの」
「それって……」
「――アンタが、初めて」
「全部」と、ナハトの唇が小さく動く。
今にも破裂しそうなほど心臓は激しく脈打ち、血液が全身へと押し出されるような感覚に目の前が眩む。
俺はまだナハトの告白を受け止め切れてなかった。正確にはちゃんと向き合おうと思ったが、それを受け止めるにはまだ俺の経験値が足りな過ぎたのだ。
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