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 口を開いたまましばらく動くことが出来なかった。  そうなると、必然的に沈黙になってしまうわけで。ナハトと無言で見つめあうという、謎の間がそこにできてしまう。 「……なにか言えよ」  そんな沈黙に先に折れたのはナハトの方だった。  ナハトに促され、俺は「あの、えと」と言葉を探る。言いたいことは色々ある、けれどやはり今キャパオーバーになった俺の頭ではうまく言語化することはできなかった。 「あの、すごい意外でした……」 「意外って、なにが」 「その、お……俺に伝えてくれたのが、そういうのが初めてだって」  嬉しかったです、という言葉は萎んでしまい、ちゃんとナハトの耳に届いたかはわからない。  意外ではあったが、言われてみればと妙に納得できる自分もいた。  ナハトは見るからに人嫌いそうな一面もあるし、こうやって俺と過ごしてくれるだけでも兄の命令があったからとは言えど奇跡のようなものだったのかもしれない。  そんなナハトが勇気を出して気持ちを伝えてくれたと思うと嬉しい、という気持ちはあった。だけど、やはりそれ以上に『どうして』という気持ちが強くなっていくのだ。  そんな俺の表情からナハトもなにか汲み取ったのだろう。  そのまま頬をうり、と撫でられ、そのままやんわりと顔を上げられる。 「あ、の……ナハトさん」 「俺のこと好きなのに、嬉しいのに……なんでやなの」 「い、嫌じゃないんです……っ、その、ナハトさんは悪くない……ので」  拗ねた子供のような顔をしたナハトに慌てて答え、先ほどまでもやもやとしていた自分の気持ちがくっきりと浮かび上がる。  ――そうだ、これは俺自身の問題なのだ。  そう改めて自覚した瞬間、あれほどちぐはぐになっていた感情がどんどんまとまっていくのが分かった。  だから俺は「ナハトさん」と目の前のナハトに向き直る。そのままぎゅっとナハトの手を握りしめれば、「なに」と、ナハトは僅かにたじろぐ。そして。真っ直ぐに俺の視線を受け止めてくれるのだ。 「お……俺、ナハトさんの隣に並んでも恥ずかしくない人間になります……っ! だから、その……へ、返事はもう少し待っててください」  ――言ってしまった。  バクバクと耳の後ろから心音が聞こえてくる。恥ずかしいし、緊張する。けれど、それはナハトも同じだったのだと思うと耐えられた。  俺の決死の言葉に目を見開いたまま固まっていたナハトだったが、やがてその表情は崩れるのだ。 「……っ、ふ」  そして、ナハトは小さく噴き出す。綻ぶように柔らかくなる表情に、心臓がより一層煩くなるのが自分でも分かった。 「わかった。……期待せずに待っといてやるよ」  それもほんの一瞬のことで、瞬きした次の瞬間にはあいつもの意地の悪い顔をしたナハトが俺の頬を揉み、そしてその手は離れた。  触られた箇所はまだじんじんと熱を持っているようだった。暫くその場から動けない俺を他所に、そのままソファーへと腰を掛けるナハト。 「いつまでぼさってしてんの。……さっさと準備済ませろよ」  お腹減った、と野次飛ばしてくるのはいつものナハトだった。 「は、はい!」と慌てて頷きながら、俺はあまりのナハトのいつも通りっぷりにもしやさっきまでのやり取りもすべて俺の夢だったのではないか、と自分の頬にそっと触れたがじんわりと熱くなったその頬の感触は間違いなく夢なんかじゃなかった。  俺が自信が持てるようになるまで、ちゃんとナハトに向き直れるようになるまで、ナハトは今までと同じように接してくれる――ということなのだろう。  俺がナハトの立場だったらきっと耐えられないだろう。それでも、その選択をしてくれたナハトのことを考えると余計俺はいつも通りというのがわからなくなってしまった。

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