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 サディークに許してもらえたもののだ、やはりサディークの能力を知ってしまった今不用意に相手に近付くことはできないし、サディーク自身もそんな俺に気付いているのだろう。不自然に開いた距離を保ったまま、俺達は社員食堂へと足を踏み入れる。  社員食堂は相変わらず繁盛しているようだ。  俺達は適当なボックス席に座り、注文を済ませる。少し離れたところには別の客もいるし、望眼との約束通り完全に二人きりになるのは避けれたはずだけれども、だ。 「……」 「……」 「……」  き、気まずい。  何か話さなくちゃと思うが、焦れば焦るほど頭というのは真っ白になっていくものらしい。  どうしよう、と無意味に手元の注用タブレットをイジってると、「あのさ」とサディークがぽつりと口を開く。  テーブルに肘をつき、頬杖をついたままサディークはこちら――ではなく、微妙に俺から逸れた空気中を見ていた。 「メッセージ……見たんだけど」 「え?」 「……俺の担当、望眼ってやつに変わるの?」 「あ、えと……それは……」 「……それって、良平が嫌だったから?」  落ち着かない様子で視線を泳がせるサディークはまるで悪いことをして怒られるのを恐れてる子供のようにすら見えた。  落ち込んでる、のだろうか。いつも以上に声がぼそぼそと消えかかってる。 「嫌というか、その、サディークさんに失礼なことしてしまったし……その、許してもらえないだろうと思って俺の方から上に相談させていただいたんです」 「は? なんで?」 「え、な、なんでって……」 「俺は、……そっちのが嫌なんだけど」 「担当が変わる方が」と小さく呟くサディーク。一向に目が合わないが、サディークがそんな風に思ってくれていたと思わなくて胸の奥がじんわりと熱くなる反面、戸惑った。 「あの、その……気持ちは有り難いんですけど……すみません! もう担当変わってしまって……」 「……それ、取り消せないの?」 「あ……どうでしょうか、一応上に確認してみます」  ん、とサディークは頷いた。少し怒ってるようにも見えるし、なんだかよそよそしい気もする。久しぶりに会ったから余計そう感じるのかもしれない。  俺は端末を取り出し、望眼にメッセージから『サディークさんの担当、俺に戻すことって可能ですか?』と尋ねてみれば『無理』と速攻で返ってきた。 「すみません、む、難しいみたいです……」 「……はあ、そうなんだ」 「申し訳ございません……」 「……別に、良平のせいじゃないし」  そういうサディークのテンションは明らかに下がってる。配給ロボが運んできてくれたドリンクとプレートを受け取るサディーク。そのまま俺の分も取ってくれる。 「あ、ありがとうございます……」  そう、差し出されたドリンクを受け取ろうとしたとき。不意に指先が触れてしまいそうになり、咄嗟にドリンクから手を離してしまった。  テーブルの上に落ちるカップ。幸い慌てて掴んだので中身をぶちまけることはなかったが、俺は『しまった』と心の中で酷く後悔した。  サディークのことをあからさまに避けるようなことをしてしまった。ここまで露骨な態度を取られたら、誰だって不愉快になるはずだ。 「すみません、あの……」 「別にいいよ、……そういうの慣れてるし」 「……っ、サディークさん」 「それに、俺の能力は素手で触れなきゃ意味ないから」  そう口にするサディークは自分の飲み物を手に取る。どうやらサディークが手袋をしてるのはファッションというわけではないらしい、言われてから気づいた。 「……俺も、うっかりわざわざ俺のこと嫌ってる相手の腹の中とか見たくないから」  ――やってしまった。  そうフォローしてくれるサディークの表情はどんどん暗くなっていく。 「サディークさん、あの……っ、違うんです! 俺は本当にサディークさんのこと嫌とかではなくて、寧ろ話しやすいし親近感が沸くというかその……っ!」 「う、うわ、なに……」 「ご、ごめんなさい……俺……」  もういっそのこと、俺には心の中を読まれてはまずいぐらいの秘密があります!とぶちまけてしまった方がサディークのためにもなるのではないかとも思ったが、流石にそんなことするわけにもいかない。  そうなると頭を下げ、なんとか好意を伝えることしかできない。が、肝心の口が上手く回らず、挙げ句の果てサディークはというとドン引きしたみたいな顔でこっちを見てるし散々だ。 「お、俺……本当にサディークさんのことは好きなので――」 「わ、わかった……わかったから、目立つから声落として」 「う、うぅ……っ、ごめんなさい……」 「……それに、あんたの場合はわざわざ力使わなくても分かるよ」 「嘘吐くのが下手過ぎるタイプだから」――俺と同じで、とサディークは小さく呟いた。 「……サディークさん」 「……取り敢えず、飯食うか。これからのことは、後ででもいいし」 「っ! は、はい……っ! いただきます!」  そうフォークを手に取れば、サディークは少しだけ笑った。  なんで俺の方がサディークにフォローされてるのだ、俺がサディークのケアをしなければならない立場なのに。  そう思う反面、サディークの優しさが素直に染みて嬉しくなるのだ。

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