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 昔から、誰かのヒーローになりたかった。  形は違えど、人を助けることには代わりはない。 『よろしく頼みましたよ』という安生の言葉が聞こえたときだ。その辺に落ちていた瓦礫に触れたデッドエンドはそのままそれを安生たちに向かって投げつける。爆発する瞬間、張られるシールドが見えたと思った次の瞬間、そのまま俺の体はデッドエンドに抱き抱えられた。一体今日は何回抱き抱えられるのか。 「テメェはこっちに来い、モブ」  モブ、というシンプルな悪口にショックを受ける暇もなかった。そのままデッドエンドに捕まったまま、俺はなすすべなく連行されるのだった。 「おい、待てよ!」というサディークの声が聞こえてくる。そして追いかけてくる姿も。  しかしそれは辺りに異様に充満する黒煙に塗り潰され、とうとう見えなくなってしまう。  そのビルは、今にも倒壊しそうなほどボロボロだった。廃墟ビルというやつなのかもしれない。  デッドエンドに抱えられたまま俺はそのまま雑に運ばれる。  エレベーターもない、階段を段飛ばして地下へと降りていくデッドエンドに揺さぶられ、途中「うえっぷ」となりそうになりながらも辿りたいたのは今はもう潰れているらしいレストランだった。  そこをアジトにしてるのか、扉にレストランと書かれた看板がかかっていたからこそ認識できたものの、中は食事処とは程遠い荒れようだった。  そこには数人の若い男女がいた。全員顔は見たことある、先程安生に見せられた写真の人物だろう。  バン!と扉を蹴破る勢いで現れたデッドエンドに何事かとこちらを見た四人は、そこに抱えられた俺を見てぎょっとした。 「デッド、お前……なに連れ帰ってきてんだよ!」 「ああ? うるせえ、人質だよ人質」 「人質って……もしやべーやつだったらどうするんだよ」  ざわつく三人。あれ、もしかして案外まともな感性の人たちなのだろうか、と思いかけた矢先だった。 「うるせえ、リーダーに文句言ってんじゃねえよ。それに、こいつは大丈夫だ」 「――なあ、サディーク」そう、割れたタイル床の上に俺を転がした、デッドエンドはレストランの入り口前に立ったいた人物を振り返るのだ。  走って追いかけてきたのだろう、サディークはぜえぜえと肩で息をしながら苦虫を噛み潰したような顔をした。 「……ああ、そいつは危険なやつじゃない」 「っ、サディークさん……」  もしかしてサディークが俺のことをデッドエンドに話したのか?  あまり考えたくなかったが、俺と目を合わせないように口にするサディークにショックを受けないといえば嘘になる。 「……サディークさん、なあ?」  そんな中、目の前までやってきたデッドエンドは座り込み、俺と視線が合うよう顎を掴み、顔を上げさせてくるのだ。 「っ、……っ!」 「こんなやつがあいつらのお気に入りだってよ、随分と落ちたもんだよなあ? あいつらも」  どこが良いんだか、とデッドエンドは小馬鹿にしたように笑う。  どこまで知られてるのか、どこまで気付かれているのか分からない。けれど、多分俺と兄の関係まではバレてはいないようだ。  ぐい、と顎に食い込む指が痛くて、「やめてください」と慌てて顔を逸らそうとしたときだ。  床から真っ黒な触手が伸びてきて、そのままデッドエンドの手首を掴む。 「……デッド、やめなよ。その子、怖がってる」  敵襲か、と身構えたとき。部屋の隅で丸まっていたその人影がもぞりと動くのだ。  猫のように背中を丸くしたまま椅子に座っていたその人物は小さく伸びをする。 「それに、人質なんて取っても交渉は無理でしょ。……安生さんがそんなものに応じるような人とは思えないし」 「うるせえ、羽虫。この鬱陶しい触手引っ込めろ! 気持ち悪いんだよ!」 「緊張してんの? ……心拍数上がりっぱなし、このままじゃ血管千切れるから頭冷やしておいで。今のお前とじゃ話し合いもできないし」 『羽虫』と呼ばれたそのヴィランはそう言ってデッドエンドを触手でぐるぐる巻きにし、「おい!離せ!」と暴れるデッドエンドをそのままレストランの奥まで神輿のような形で運んでいく。 床の上、ずるずると糸を引きながら移動する何本もの触手はグロテスクではあったが、不思議と敵意は感じないのは安眠と呼ばれたその青年から害意を感じないからだろうか。 「リーダーは俺だぞ!」というデッドエンドの悲鳴を最後にそのまま扉は閉まる。デッドエンドがいなくなったからか、いくらかレストラン店内の緊張の糸が緩んだようだった。 「……で、サディーク。上でなにがあったの?」 「羽虫……っ、悪い、俺のせいだ」 「それは分かってる。それより説明して」  僕達には時間がないから――そう羽虫は小さく呟いた。  それから、サディークは羽虫たちに事情を説明する。  一頻りサディークの話を聞いていた羽虫は「なるほどね」と呟き、その真っ黒な眼をこちらへと向けてくるのだ。 「君も、大変だったね」 「あ、あの……」 「……そんなに怯えないで。僕達は別に人を殺したいわけじゃない」  そう俺の目の前に座り込み、視線を合わせてくる羽虫。その目をじっと見てるとなんだか不思議な気持ちになってくる。 「でも羽虫さん、そいつってevilのやつなんだろ? 俺たちの顔見られたら……」  そんなときだった。仲間のうちの一人の男が声を挟んでくる。  サディークと同じくらいだろうか。武闘派そうな見た目に反して気の弱そうな声を漏らす男に対し、羽虫は「モルダー」と眼球だけ動かして男を見た。 「構わないよ。もうとっくに割れてる。だからここまで押しかけてきたんだよ、あの人たちも」 「それに、僕達もやるべきことは終わった。後は……頃合いを見るだけだ」淡々と答える羽虫に、モルダーと呼ばれた青年も「そうだな」と納得したようにすぐに引いた。  ――頃合いってことは、逃げるってことか?  周りの反応からして羽虫が実際はリーダー的なポジションなのだろうか。  そんなことを考えながら彼らのやり取りを見ていたとき、羽虫は再びこちらを見た。 「それまでは、一応人質ということで君を扱うことにするよ」  瞬間、ずあっと地面から生えてくる無数の黒い触手。檻のように四方を囲んでくるその触手はそのまま地面についたままの手や足に伸び、そっと負担のかからないように拘束してくるのだ。 「っ、う……っ」 「感触にはそのうち慣れるよ。……大丈夫、彼らに害意はないから怖がらないで」 「俺を、どうするつもりなんですか?」 「……一先ず、僕達の準備が終わるまで拘束させてもらおうかな」  軟体生物のような生々しい動きで両手首、両足首を拘束する触手。本当に手加減はしてくれてるようだ。痛みもない。  ますます彼らの目的が分からなくなり、戸惑う。  そのまま体を触手たちに神輿のように担がれそうになったとき、俺は咄嗟に羽虫に声をかけた。 「あ、あの……あなた達は一体、」 「――……『秘密結社ECLIPSE』」 「え」 「……って言う社名だよ、一応。デッドがそう決めたんだ」  ――なんか、色々くすぐられる名前だ。  何故か隣のサディークが照れた顔をしていたが、それに突っ込むよりも先に俺は触手たちに担がれ、そのレストランの跡地から別の部屋へと連れて行かれたのだ。

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