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 テナントビルだったらしいこの建物にはいくつもの部屋がある。その部屋の一つを魔改造して作られたような所謂軟禁部屋の中、俺は一人で触手と戯れていた。 「どうしよう……このままじゃなにもできないしな……」  つん、と触手を突けば、びっくりしたように時よりドクドクと激しく動脈を蠢かせる触手が面白かった。そして興味津々になってこちらの指先まで細い触手の先端を生やし、絡みついてくる触手と遊んで暇を潰す。  ――最初は気持ち悪かったのに、こうして一緒にいるとすぐに一種の動物に対するような愛着が湧いてくる。  それは触手たちが人懐っこいからかもしれない。 「……うーん」  サディークを利用して紅音を探し出す、それが俺に与えられた任務のはずだった。  しかしなんだかECLIPSEは内部で揉めてるみたいだし、思ったよりも皆悪そうな人たちではなさそうな分戸惑う。  なんか、説得したら普通に逃してくれるような気もするんだけどな。  なんて考えてると、ちゅぷ、ちゅぽ、と指先にキスするようにじゃれついてくる触手に少し驚いた。 「……っ、ぁ、ちょ、待って……っ、ん、それは……ぁ……ッ、」  足首を拘束していた触手も『なんだなんだ?』と興味を示すかのように足首からゆっくりと這い上がってくる。膝から太腿まで、太い舌が這うような感触に思わず「んっ」と声が漏れた。  スーツの下で蠢きながら、腕から胸元、足から下腹部まで足を伸ばし、更に増殖していく触手に汗が滲んだ。 「っ、ぁ、……っ、ま、待って……ッ、だ、駄目……っ、そこは……っ」  皮膚の上、ぬめりのある体液を分泌させながら、それを塗り込むように胸に吸い付いてくる触手に驚いて、思わず床の上に丸まる。  そんな俺が楽しんでるようにでも見えたのか、シャツの舌でうごうごと動きながら胸の先をその先端部で舐られた瞬間、甘い感覚が走った。 「ぅ、あ……っ」  まずい、勃ちそうだ。  股間の熱を感じ取ったのか、興味津々になって下着の裾から手を伸ばしてくる触手に身悶えていたときだ。  いきなり部屋の扉が開く。 「良平、いる? …………って、なにやってんだアンタ……っ!!」  そこから現れたのはサディークだった。  触手たちに群がられ、床の上で動けなくなった俺を見たサディークは慌てて俺に駆け寄った。 「さ、サディークさん……っ、た、助けて……っ」 「え、いや、どうやったらそんなことになるわけ?」 「ぁ、あの、本当にちょっと遊んでただけで……こんなことになるなんて……っ、ぁ、んん……っ!」 「な……っ?!」 「ぁ……っ、ま、待って……っ、そこ、だめ……っ、コリコリしちゃ……ッ!」  サディークの目の前なのに、容赦なくスーツの下で細い触手が乳首に絡みついてきた。そのまま突くように乳頭を穿られ、堪らず目の前のサディークに縋り付きそうになったときだ。  目を見開いたまま口をぱくぱくとさせたサディークは俺に手を伸ばそうとし、そして堪える。 「……っ、羽虫のやつ呼んで止めてもらうから、待ってて」 「サディークさん、ぁ、ありがとうございます……」  そのまま部屋を出ていくサディーク。  どさくさに紛れてお尻の穴まで触手が伸びてまずいと思った矢先、拘束していた触手はしゅるんと解け、そして地面へと吸い込まれるように消えていく。  どうやらサディークが羽虫に伝えてくれたようだ。それから暫くしない内に再びサディークが現れた。 「……っ、良平、大丈夫?」  走ってきたのだろう、げっそりした顔で尋ねてくるサディークに俺はこくこくと頷き返した。  正直中途半端に弄ばれてしまったお陰で各所が疼いて仕方ないが、そんなことをサディークにいうわけにはいかない。  サディークは「そう」と安堵したように息を吐く。 「羽虫が驚いてた。……余程触手に好かれてたって、君」 「す、好かれてた……」  顔がじんわりと熱くなる。  もしかして羽虫に変なことが伝わってなければいいが。 「あーもう……駄目だ、全部吹き飛んだ。君のせいで」 「サディークさん……」 「拘束……代わりのやつ持ってきたから、取り敢えず後ろ向いてくんない?」 「……ぁ……」 「……別に、素手で触らないよ。手袋してると力、使えないから」  触れなくとも俺の気持ちが伝わったのだろう。付け足すサディークに、座り直した俺はおずおずと背中を向ける。サディークはそのまま慣れた手付きで手錠を嵌めた。 「サディークさん、俺……どうなっちゃうんでしょうか」 「……正直、悪かったと思ってるよ。巻き込むつもりはなかったんだ。でもあいつが、言って聞かなくて」 「あいつって……デッドエンドさんのことですか?」  そろりと背後のサディークを振り返ろうとしたとき、サディークは俺から離れ、立ち上がる。 「あいつは昔からああだ、追い込まれると周りが見えなくなる」 「サディークさん……」 「けど羽虫の言ってた通りだ。俺たちは別に人殺しがしたいわけじゃない」  秘密結社ECLIPSE――悪徳同業者である彼らの目的がなんなのか俺にはまだ分からない。  それに、メンバーをよく見ればまだ少年少女とも呼べそうな子たちがいて驚いたくらいだ。 「サディークさん、俺は……サディークが悪い人じゃないと信じてます」 「……良平」 「お、俺も……隠し事もしてますし、誰だって隠し事もするかもしれないですし……それに、サディークさんはさっきも俺をデッドエンドさんから助けてくれようとしてくれました」  じっと目の前の男を見つめれば、サディークの顔がどんどんばつが悪そうに歪む。その暗い目が俺から逃げるように逸らされるのだ。 「っ、……良平、俺は……」 「……俺も、サディークさんがスパイだって聞きました。何か隠してるんじゃないかって色々聞かれましたけど……」 「俺の能力のこと、言った?」  今度はサディークは驚かなかった。  怯えたような、諦めたような目でサディークは俺を見つめる。小さく首を横に振れば、「どうして」と眉を寄せるのだ。 「言ってしまったらきっと、サディークさんが本当に裏切り者扱いされる気がして……」 「なに、言ってんの? ……分かっただろ、俺はもともとこっち側の人間。――裏切り者だよ、最初から」 「けど……っ」 「俺があの会社に入社したのは、最初から情報抜くため。……それ以外、俺の力は役に立たないから」 「……っ、サディークさん」  堪らず抱き締めたくなったが、拘束された腕ではどうすることもできない。  全部、最初から――そのサディークの言葉を素直に飲み込むことはできなかった。  どうしても今までのサディークの全てが演技だったとは思えなかった。思いたくなかった。  それに、サディークがそこまで器用な男にも見えない。  立ち上がったサディークはそのまま部屋を出ていこうとする。「サディークさん」と呼びかけるが、サディークは最後までこちらを振り返らなかった。  そして、目の前で金属製の扉は重厚な音を立てて閉じられるのだ。  ――なにか他に理由があるのかもしれない。サディークがECLIPSEに身を置く理由が。  ここから先はサディークの協力がなくては難しいだろう。なんとかしなければ、と思いながら俺は一旦体の火照りを取ることにした。

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