122 / 179

48※

「おい、起きろよ」  頭上から落ちてきた声とともに、何度か身体を揺すられ意識が戻る。はっと目を開ければ、視界にはこちらを見下ろすデッドエンドがいた。どうやら俺はデッドエンドに胸倉を掴まれているらしい。 「ぁ、お、俺……」 「こんなところですやすやお休みなんて、余裕じゃねえかよ」  どうやら気絶してそんなに経っていないようだ。体の至るところには、つい先程までデッドエンドたちに抱かれていた痕跡がまだ生々しく残っていた。  ――そうだ、俺、サディークさんに……。  視線を泳がせれば、部屋の隅っこ。ばつが悪そうな顔をしたサディークが佇んでいた。サディークは俯いたまま、俺と視線を合わそうとしない。 「サディーク、来いよ」  それも、デッドエンドに呼ばれるまでだ。  諦めた顔のまま、サディークはこちらへと歩いてくるのだ。 「さっきはちゃんとまともな秘密までは探れなかったって言ってたよな、お前」 「……デッドエンド」 「いつもみたいにやれよ、サディーク。お前の得意分野だろ?」 「……」  そうサディークの肩に手を回したデッドエンドは、そのままバシリとサディークの肩を叩いた。サディークは「分かってる」と面倒臭そうに眉根を寄せる。  前から気になっていたが、サディークとデッドエンドは立場的には自称リーダーであるデッドエンドの方が上のはずだ。けれど、あのサディークにしては対等に接しているようにも見える……毎回押し負けているが。  なんて二人を眺めている場合ではない。こちらへと向き直るサディークにハッとし、慌てて起き上がろうとするが、相変わらず拘束されたままの腕のせいでお尻を引きずってで後退ることが精一杯だった。 「さ、サディークさん……」 「……」  俺の目の前、視線を合わせるように座り込んだサディーク。さっきまでの状況と重なる。  思わず後退ろうとするが、気付けば俺は壁際まで追い込まれていたようだ。背中に当たる硬い感触に思わず呻いた。  そして、目の前まで伸びてきた指に思わずぎゅっと目を瞑った。 「……良平」  前髪の下、目の辺り。顔上半分に触れる冷たいサディークの手の感触に冷や汗が滲む。  暗くなった視界の中、囁かれる声は耳朶から直接鼓膜へと染み込んでいくようだった。 「お前が隠してること、まだあるだろ?」 「っ、さ、でぃ……くさん……ゃ、やめてください……」  慌てて手から逃れようと顔を逸らすが、そのままサディークの手により頭を壁に押し付けられるのだ。逃げられない視界の中、「リラックスして息を吐くんだよ」と囁かれる。  このままではまずい、と直感した。  サディークの能力は、そのときの考えていた思考を読み取るものだ。あくまで深層心理まで深く掘るものではないのなら、と俺は必死に別のことを考える。  瞬間、俺の目を覆っていたサディークの手を震える。 「っ、ぉ、おい……っ! やめろよ、それ……っ!」  サディークに抱かれていたときの感触を必死に思い出せば、案の定サディークに流れていったようだ。これはいけるのではないか、と思った矢先「いけるわけないだろ 」とサディークは俺から手を離した。そして一気に明るくなった視界の中、サディークは俺の目を覗き込む。 「……良平、あんたは上のお偉方となんか関係があるんだよね? ……だから、幹部のやつらにも可愛がられてる」 「じゃなきゃ、わざわざ一般社員に幹部レベルのやつの警護をつけるはずがない」とサディークの言葉に図星を差された瞬間、違うと強く否定する。けれど、サディークの口が僅かに歪んだ。 「……良平、今『違う』と思い込もうとしたよね?」  それと同時だった。胸に伸びてきた手に、そのまま強く胸を鷲掴まれる。 「っ、う、ぁ……ッ!」 「俺の能力、ただ考えてることだけ分かる能力だと思った?」 「な、に……っ」  サディークの大きな手に鷲掴まれた心臓が、胸の奥でどくん、と大きく跳ね上がる。そして、サディークは頭を押さえた。 「条件が揃えば、奥まで覗くこともできるんだよ。――例えば、今の君みたいに隙きだらけになってくれるとかさ」  しまった、と思った次の瞬間、触れられたサディークに触れられた箇所が熱く疼く。見えないなにかに体の中を吸い出されているようなそんな感覚だった。精神的なものだと分かってても、他人が体の中に入り込んでくるような感覚に耐え切れず、見悶える。  そして、それはサディークも同じだ。 「う、く……ッ!」 「おい、サディーク、大丈夫か……?」 「っ、……は、問題……な――」  どくん、と再び心臓が跳ね上がった瞬間、青褪めたサディークは俺から手を離した。 「……っ、く!」 「おい、サディーク……っ?!」 「ぉ、お前……っ」  乱れた前髪の下、ぐっしょりと冷や汗を滲ませたサディークは怯えたような目で俺を見ていた。 「お前、なんなんだよ……っ」  床へと投げ出され、受け身を取ることができないままそのまま転がる俺を見下ろしたまま、サディークは唇を震わせた。  とうとう兄のことがバレてしまったのか、と血の気が引いたときだ。 「なんで、俺の能力が効かないんだよ」 「――え?」  それは初耳だ。 「の、能力が効かないってどういうことですか……?!」 「いや、こっちが聞きたいんだけど……」  サディークに突っ込まれてしまい、「そうですよね」と慌てて俯く。 「おいサディーク、どういうことだよ」 「……頭の中覗こうとしたら逆に毒電波流食らうみたいに邪魔されるんだよ、前はこんなはずじゃなかったのに……」  ぽろ、とサディークの口から溢れた言葉にハッとした。そしてつい安生の顔が浮かべてしまえば、「安生さんか」とサディークに読まれてしまうのだ。 「やっぱこいつにはなにかあるのは間違いねえな。……おい、サディーク。もっと探れよ」 「……っ、デッド、これ以上は頭が割れる。少し休ませてよ」 「んだよ、体力ねえな。……ま、いいけどよ。俺もシャワー浴びてくるわ」  言いながら、デッドエンドはそのまま部屋を出ていく。静まり返った部屋の中、サディークはそのまま座り込むのだ。  その横顔は、いつもに増して顔色悪く映る。 「……っ、さ、サディークさん……大丈夫ですか……?」  そう恐る恐る声をかければ、サディークは「なんで俺の心配してんだよ」と呆れたように息を吐いた。 「普通、『裏切り者』とかそんなんじゃないの? こういうとき……知らないけどさ」 「それは……」 「その顔、やめない? ……寧ろ、もっと罵られた方がまし。なんで俺のこと心配してんの?」 「サディークさんは、罵られたいんですか?」  前髪の下、サディークの虚ろな目がこちらを向く。「言い方に語弊があるな」とぽつりと呟き、そのままサディークは目を瞑った。 「……そっちのがまだいい」  そして、言いたいことだけを言ってサディークはよろりと立ち上がるのだ。  ふらつくサディークの長身。慌てて受け止めようとするが、腕が拘束されたままでは思うように立ち上がることもできなかった。そのまま鉄筋剥き出しのコンクリートの壁に手をついたサディークは、壁伝いに部屋を出ていこうとするのだ。  ――サディークが行ってしまう。  色々、話したいことも聞きたいことあった。  けれど、サディークの背中がそれを拒絶しているように見えて、それ以上声をかけることは躊躇わされた。

ともだちにシェアしよう!