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 下着とシャツ一枚のまま拘束された俺を抱きかかえた羽虫、なんてなにも知らない子供に見せるようなものではない。  不可抗力とはいえど、あまりのタイミングの悪さに血の気が引いた。 「あの、これはその、誤解で……!」  ああ、なんて場面を見せてしまったのだろうか。  慌てて謝ろうとする俺の横、「誤解?」と首を傾げる羽虫。 「は、羽虫さん……」 「カノン、ハイド。……二人ともありがとう、届けてくれて」  二人から袋を受け取った羽虫はそのままぽんぽんと二人の頭を撫でる。  女の子がカノン、男の子がハイド――らしい。写真で見たときはいかにもヴィランの若者という感じでおっかなかったが、頭を撫でられてる二人は年相応な幼さが残ってた。 「羽虫さん、その人……」 「怪我は心配ない、手当済だから」  ほっとするカノンの横、「なーんだ、つまんねえの」と唇を尖らせるハイドに、「こら、ハイド」と羽虫はやんわりと叱る。 「つまんなくなんてないよ、ハイドってばデッドの真似ばっかしてそんなこと言うんだもん」 「ま、真似じゃねーし! 大体、さっきのやつといい人質なんだから優しくしなくていいのにさ」 「馬鹿ハイド、可愛くない」 「二人とも、喧嘩はそこまでだよ」  突如目の前で始める喧嘩に狼狽えていると、羽虫の足元に生えていた触手がぺしんと威嚇するように床を叩く。その音に驚いたように、ハイドとカノンは同時に口を噤んだ。 「ごめんなさい……」 「分かればいいよ。……それより、二人も一応挨拶したらどうかな」  良平君に、と羽虫は小さく呟き、そして俺を振り返るのだ。  すると、こちらをちらっと見た二人はそのままさっと羽虫の背後に隠れる。 「……カノン」 「ハイドだ、俺はお前のことはまだ信じてねえからなうわわわ! 羽虫兄触手しまって!」  少し人見知りらしい方がカノンちゃんで、デッドエンドに憧れてるらしいやんちゃな子がハイド君、というらしい。触手に服を掴まれて宙に吊るされてるハイドを降ろさせながら、羽虫はそのまま床の上に転がされた俺を振り返る。 「騒がしくして悪かったね。……けど、ここの子は皆悪い子ではないから。……デッドはともかく」 「は、はい……」  ――秘密結社ECLIPSE、なんなんだ……。  想像していたよりも、なんとなく知らない大家族の家に招かれたようなそんな賑やかさに戸惑う自分もいた。 「良平君、もう暫く君にはここにいてもらうことになる。食事はまた後で届けさせるよ」 「羽虫さん……その、手当ありがとうございます」  そう背中を向けてくる羽虫に告げれば、そのままひらりと手を振って羽虫はカノンとハイドを引き連れて部屋を出ていくのだ。  ――困ったことになってしまった、と思う。  思ったよりも悪い人たちではないのか、という自分がいたのだ。だとしても、やってることは悪質なのだから余計戸惑う。  なにが目的なのだろうか、と気になったが、それ以上に先程ハイドがぽろりと口にしていた言葉を思い出した。 『大体、さっきのやつといい人質なんだから優しくしなくていいのにさ』  ……もしかして、紅音のことを言ってるのか?  だとすれば、やはり紅音はECLIPSEに捕まってることになる。  けれどあの、学生時代でも優等生だった紅音を捕まえるとなると一筋縄ではいかなさそうだ。  一先ずまたECLIPSEメンバーがやってくるのを待つことになりそうだ。  暫くして、再び扉が開かれる。顔を覗かせたのは先程やってきた少女――カノンだ。 「……これ、ご飯だって」 「あ、ありがとうございます……」 「……」  目に見えるほど警戒されている。  まるで野良犬にでも餌をやるように目の前にぽいっとトレーを置かれる。飲み物とパンだ。反射的にお礼を言ったものの、腕を縛られているままでは食べられない。 「あ、あの……よければ腕の手錠を外してもらえないでしょうか……」 「だめ! デッドエンドがお前は危険なやつだって言ってたから!」 「え、ええ……?」 「頑張って食べて。あたしはここから見てるから」 「……は、はい……わかりました……」  何故年下の女の子に見守られながら俺は口だけでご飯を食べることになってるのだろうか。なんて思ってると、足元から生えてきた触手が俺の代わりにパンを掴み取り、そのまま口まで運んでくれる。  どこからきたのか、なんて驚く暇もなかった。 「あ、羽虫さんの触手……」 「触手さん、ありがとうございま……もご……っ!」 「……羽虫さんが言ってたの、本当なんだ」  もごご!とねじ込まれる硬いパンに呻いてる俺を見下ろしたまま、カノンがぽつりと呟く。欲を言えばすこし触手を止めてもらいたかったが、そんな空気ではなさそうだ。 「もご?」と顔をあげれば、カノンは「お兄さんだったら……」と呟く。 「んぐ……っ、げほ……っ、……あの、どうかしたんですか?」  なんとなく暗い顔をしたカノンが引っかかり尋ねれば、はっとしたカノンは首を横に振る。触手も落ち込んでるカノンが心配らしい、『大丈夫?』と覗き込むように触手が頭を擡げてる。こうして見ると、改めて触手の一本一本に意思があるのだとわかってきた。 「べ、別に……なにも言ってない」 「え、でも今『お兄さんだったら……』って……」 「言ってないし!」 「ご、ごめんなさい! すみませんでした!」  怒られ、つい反射的に謝ってしまう俺にカノンはまたしゅんとしてる。 「……こっちも、ごめん。大きな声出して……」 「え、いや……お構いなく……」 「……」 「……」  てっきりそのまま部屋を出ていくと思ったが、カノンはそのままその場に体操座りをし出すのだ。  帰らないのか、とか、触手に食べさせられているところを年下の子に見られるのは些か恥ずかしいとか色々あったが、それよりもなんとなくカノンが話を聞いてほしそうにしてるのが見えたのだ。 「あ、あの……なにかあったんですか?」 「別に……」 「そ、そうですか……」  難しい。同世代の女子とも上手くコミュニケーションを取れた試しはなかったのに、相手は年下のヴィランときた。今どきの子が好きそうな話題などなにも分からない。  どうしよう、と頭を回転させる。共通の話題となると、やはり。 「……あの、サディークさんは、ここに来て長いんですか?」  世間話にしては人質の俺が言う内容ではない気がするが、他に話題が見つからないから仕方ない。  すると、カノンはがばりと顔を上げる。 「サド君は家族だから、長いとか関係ない」 「家族……?」 「うん、ちょっと頼りないけど……」 「……ってことは、えと……妹さん?」 「あたしだけじゃない、ハイドも、デッド兄も……家族だよ」 「え……っと……」  言いながらも何かを思い出したようだ、先程の威勢はどこに行ったのか。言いながらしおしおと萎れていくカノンに俺は言葉に詰まる。  ……というか、さらっととんでもないことを言われた気がする。 「家族っていうのは、その……」 「お兄さん、サド君の好きな人だよね?」 「……え?!」 「よしひら……って、あたし、サド君から聞いてたんだ。皆には秘密って言われてたけど、サド君、恋愛とかそういうのわかんないから」  情報量の多さに今度はこちらが戸惑いそうになる。先程まで意気消沈してたと思いきや、今度は興味津々になってずい、と近付いてくるカノンに息が止まった。 「た、確かに良平は俺のことですけど……そ、その……っ、す、すきとかはわからないというか、あの……」 「デッド兄とサド君、あんたの処分で揉めてた。……サド兄、あたしたちの中で喧嘩は一番弱いから可哀想で見てられなかったし」 「喧嘩って、サド……サディークさん怪我をされたんですか……?!」  思わず声が裏返ってしまう。カノンはそのままこくりと頷いた。 「でも、羽虫さんもいたしすぐ手当されてたから大丈夫」 「て、手当って、まさか触手で……」 「ないない。サド君は触手に嫌われてるし。羽虫さんに包帯でぐるぐるにされてた」 「あ、なんだ……」 「それより、お兄さん」 「は、はい」 「お兄さんはサド君のこと好きなの?」  ――年下の女の子がこんなにも怖いと思ったことはあっただろうか。  はいといいえのその中間の選択肢を与えてこないカノンに息を飲む。 「え、その……」 「好きなの?」 「確かに、サディークさんは俺の担当で……」  何故、俺はこの子に迫られてるのだ。  確かにわざわざここまで来たのはサディークのためでもある。けれど、恋愛云々ではなく俺は仕事仲間というか……。 「好きか嫌いかで答えて」 「ぁえ、す……っ、好き……です……」  かあっと顔に熱が集まる。何故俺はこの場にはいないサディークに告白をしてるのか。  恥ずかしすぎて穴に入りたかったが、どうやら俺の返答はカノンのお気に召したようだ。 「お兄さんならそういうと思ってた」と微笑むカノンは年相応の無邪気な笑みを浮かべる。  それも一瞬、カノンはすぐに表情を引き締めた。 「お兄さん、お願いがあるの。  ――あたしたちを、サド兄を助けてほしいの」  その声は、やけに大きくその部屋の中に響き渡った。

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