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「助けてって……」  随分と穏やかではなさそうだ。  これは、カノンの話を聞いた方がよさそうだ。 「あの、カノンちゃん……どういうことなのか話、聞かせてもらってもいいかな」  そう尋ねれば、カノンは小さく頷いた。  静まり返った部屋の中、カノンの声が静かに響き渡る。  ――秘密結社ECLIPSE。  そのメンバーは全員、とあるスラムで育った子供たちの集まりだという。  血の繋がりはあろうがなかろうが、全員家族のように育ってきた、とカノンは続ける。  その中でも年長だったデッドエンドは下の子供たちを食べさせるために稼ぎに出る。  そして就職したその先がうちの会社――evilだったという。 「憧れのヴィランと働けてデッド兄も楽しそうだったけど、けど……」 「憧れ……って、もしかして……」  ノクシャスの顔が浮かんだ。  デッドエンドは元々ノクシャスの部下だという話は俺も聞いていた。    ある日、デッドエンドはクビになった。  カノン曰く、デッドエンドは濡れ衣を着せられたらしいが信じてもらえず、そのまま追い出されてしまう。  その日からデッドエンドは人が変わったように荒れたという。 「あたしたちにはお金が必要なの」 「……だから、サディークさんの力を使って仕事を横取りしてたんですか?」 「だって、……それが一番早いって、羽虫さんが言っていたから」  羽虫は、その時期デッドエンドが連れてきたヴィランだという。秘密結社を結成させたのも、サディークの能力を使い方も指示したのは羽虫だとカノンは言った。  その日から、カノンたち秘密結社ECLIPSEが生まれた。 「デッド兄に意地悪したevilに復讐もできるし、それに、誰も困らないからって……」 「カノンちゃん……」 「あ、あたしも……そう思ってた。悪い奴らからお金巻き上げられたらそれでよかった、けど……」  デッドエンドと入れ違うように入社したサディークはそう思わなかった。  そして、サディークと連絡を取っていたカノンも羽虫やデッドエンドのやり方に違和感を覚えたという。 「サド兄から聞いてた……お兄さんは、びっくりするくらいお人好しだって。周りに馴染めないサド兄にも優しくしてくれる、そういう人たちもいるんだって」 「……っ、サディークさん」 「……外に、evilの人たちも来てるんだよね? 捕まったら、あたしたち皆殺されるの?」  きゅっ、と拳を握り締めるカノンに俺は「そんなことはないよ」と声をあげる。  驚いたようにカノンの目がこちらを見る。 「evilのCEOは君たちのような子たちのために会社を設立したんだ……俺よりも、ずっとお人好しな人だから、大丈夫だよ」  嘘ではない。物証もないが、俺が見てきた兄の姿がなによりも証拠だった。  カノンの目が丸くなっていき、「本当に?本当の本当に?」と確かめるように聞いてくる。 「うん、約束するよ。確かにしちゃだめなことをしたことについては怒られるかもしれないけど……けど、その気持ちがあればきっと……ボスも分かってくれるから」  だから大丈夫だよ、と俺はカノンに言い聞かせた。  おそらく、ずっと不安だったのだろう。当たり前だ、相手は大人数のヴィランだ。俺からしてみればよく知っている人たちだが、小さな女の子からしてみれば脅威に違いない。  こんなことに子供を巻き込むような真似をしたデッドエンドや羽虫にも思うところはあったが、それでもこの地下世界がそうせざる得ない、そうしなければ生きていけない仕組みになっていること自体が異常なのだ。  デッドエンドのクビにつながった濡れ衣の話も気になったが、もう一度サディークと話す必要がありそうだ。  俺はカノンを落ち着かせながら、そんなことを考えていた。 「カノンちゃん、落ち着いた?」 「別に、最初から落ち着いてるし」 「あ、ご……ごめんね」 「…………けど、ありがとう。お兄さん」  そうようやく笑ってくれたカノンの笑顔を見て、ほっとする自分がいた。  けれど、言うだけで満足するわけにはいかない。  もうすでにこの件に関しては大きくなってるし、何より実害も出てしまい、安生――ニエンテも動いてる現状、俺が普通に戻って口だけで納得させるのは難しいのは分かっていた。  とにかく、まずすべきことは安生が危惧していた紅音の回収を急ぐことだろう。 「あの、カノンちゃん……聞きたいことがあるんだけど」 「なに」 「俺の他にもう一人、赤い髪の男の人がここに来なかった?」  単刀直入に尋ねれば、カノンは少し考えてこくりと頷く。 「あのお兄さんも、お兄さんの仲間なの?」 「うん、そんな感じかな。……あ、俺のことは良平でいいよ、言いにくいよね?」 「じゃあ、良平君」  なんだか今更照れるが、今はそんなことを言ってる場合ではない。  ――やはり、紅音はここで捕らわれているようだ。  それを聞いて、誰があの紅音のことを捕らえられることができたのか素直に驚く。仮にも紅音はナハトと渡り合ったレッド・イルだったのに。 「なんとかして、そのお兄さんと会わせてほしいんだ。……難しいかな?」 「うん、赤いお兄さんのところには羽虫さんの触手が監視してるから……少し時間かかるかも。それでもいいなら」 「……っ! ありがとう、カノンちゃん」 「けど、時間が……間に合うかな」  ――まただ、秘密結社ECLIPSEの面々は時間を気にしている様子だった。  最初はここを脱出するための時間のことだと思っていたが、他にも訳があるのだろうか。 「カノンちゃん、その時間っていうのは……」 「デッド兄の爆弾……」 「え?」 「デッド兄が、赤いお兄さんの身体に時限爆弾作ったから」 「………………」  思わず絶句した。  カノンの口から出た言葉に、色々組み立てていた汎ゆる作戦が全部吹き飛んだ。 「……っ、カノンちゃん、いますぐ俺の拘束を解いてほしいんだ」 「良平君、」 「それから、サディークさんをなんとか連れてきてもらえないかな」 「お願い、カノンちゃん」と思わず声が大きくなってしまい、カノンが驚いたように目を丸くする。けれど、俺の剣幕からなにかを察してくれたらしい。わかった、とカノンは頷いた。  それからすぐ、カノンは部屋から出ていった。  再び扉が開くまでの間、長い時間が経ったような気がした。

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