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ノクシャスに連行されてやってきたのは廃ビルの裏側だった。
「こんなところに出口なんてあったっけ」とぶつぶつ呟いてるサディークを無視して階段を上がっていけば、本来ならばただの壁の一部であるはずそこに巨大な穴がぽっかりと空いてるではないか。
どこをどうしたらそうなるのか、このビルが壊れない程度の絶妙な加減で破られた壁の向こう側には隣の薄汚れた建物の壁が見えた。
「な、んだこれ……」
「正面入り口に爆弾仕掛けられてるっつーから裏から邪魔させてもらったぜ。……おい、スパイ野郎先に出ていけよ」
「え」
「え、じゃねえよ。さっさと歩け」
「は、はいっ!」
ノクシャスにどやされ、びくりと震え上がるサディークをみてるとなんだか可哀想になってくる。
それにしても、何故ノクシャスがここにいるのだろうか。俺に任せると言っていた安生の言葉を思い出す。
それに、ノクシャスが単身なことも気になった。
「あの、ノクシャスさん」
「あ?」
「他の方は……」
「いねえよ」
「え」
「お前を寄越したって安生の野郎に聞いて様子見に来た」
「それって、安生は……」
「ああ? わざわざ説明する必要ねえだろ、あいつに」
あっけらかんと答えるノクシャスに、思わず「え」とアホみたいな声が出てしまう。
「それって……――」
――まさか、安生さんに何も言わずに勝手に突入したんですか。
そう俺が続けるよりも先に、「ひっ」というサディークの悲鳴が聞こえてきて顔を上げる。
そして、息を飲んだ。
「な、アンタは……」
薄暗い路地、音もなくサディークの背後に立ったその黒尽くめのヴィランの姿に目を疑った。
白い仮面で隠したそのヴィランは、間違いない。
「な、ナハトさん……ッ!」
そう俺がその名前を口にするのと、ナハトがサディークの首筋に手刀を叩き込むのはほぼ同時だった。文字通り糸が切れたようにそのまま地面に落ち、動かなくなるサディーク。あまりの手際のよさになにが起きたのか脳の処理が追いつかない。
「え、あ、サディークさん、どうして……」
「どうしてもこうしても、騒がれたら面倒だから。……それより、どうしてはこっちのセリフでもあるんだけど?」
「ぁ、う」
「やめろナハト、説教は後からにしろ」
「うるさい、分かってるし」
言いながらも、気絶したサディークを足蹴にしたナハトはそのままこちらへと詰め寄ってくる。
そんな矢先だった、先程までなにもなかった向かい側の建物の壁に扉が浮かび上がる。
そして、
「そーそー、二人とも仲良くしようよ~」
ひょっこりと向こう側からこちらを覗き込む金髪白衣の男に、「モルグさん!」と思わず声をあげた。
「ど、どうして皆さんここに……」
しかも全員集合だなんて、忙しかったんじゃないのかと驚く俺に「どうしてって、そりゃあ……ねえ」とモルグは苦笑いを浮かべ、壁の向こう側に目を向ける。
「――それは、上からの命令だからかな」
そして、聞こえてきたのは耳慣れた柔らかく真っ直ぐな声だった。
俺は思わずノクシャスの腕にしがみつき、「兄さん」と声をあげる。
スーツにコートを羽織った兄は、「良平」とノクシャスから俺を抱き寄せるのだ。
「に、兄さんまで……どうして……」
「……悪いな、安生のやつに無茶を言わされたんだろう。ノクシャスから聞いて肝が冷えるかと思ったぞ」
「……レヴェナントさん、事前の打ち合わせ通りでいいんだよな」
外だからか、敢えていつも通りのボスではなくヴィランネームで呼ぶノクシャスに、兄は「ああ」と頷いた。
「あの、打ち合わせって……」
「お前が気にすることはない。ちゃんとトリッドも連れ戻してくれたようだしな。……もう、ここは用はない」
「後片付けはお前たちに頼んだぞ、ノクシャス、ナハト」そうなんでもないように口にする兄に、背筋が凍りついた。
なんだかとてつもなく厭な予感がし、咄嗟に俺は兄の腕にしがみついていた。
「な、……っ、待ってください……っ!」
「どうしたんだ良平。……急に暴れたら危ないだろう」
「後片付けって……」
「ああ、そのことか。……お前が気にするようなことはないよ」
俺を抱えたまま、兄はにっこりと微笑む。
俺はいつもこの笑顔を見て安心していた。けれど今は、胸の奥がざわつく。
兄がなにをするつもりか分かってしまったからこそ、ここで退いてはならないと息を飲む。
そして、
「っ……待ってください、そのことで話があるんです」
「話?」
「はい。だから、一旦このまま退いてくれませんか。お願いします。……レヴェナントさん」
そう続ければ、兄は少しだけ目を開いた。
「退く、というのはこの場を見逃せということか?」
「はい、……説明すると少し長くなるんですが、ここの人たちは悪い人たちじゃないんです」
やれやれ、と遠くでモルグが肩を竦めているのが見えた。
そう真っ直ぐ兄を見つめ返したとき、ぴたりと動きを止めた兄はそのまま俺の顔に手を伸ばす。そして、そのまま軽く瞼を捲られ、眼球の奥を覗き込んでくる兄にぎょっとする。
「っ、な、なに……」
「何者かに操られている、というわけではなさそうだな」
「洗脳されてる可能性は?」と兄はそのまま背後にいたモルグに声をかければ、モルグは「見たところバイタルに異常はなさそうだねえ」といつもと変わらない調子で返した。
どうやら兄は俺が何者かに操られていると判断したらしい。心外ではあったが、仮にも敵対組織に監禁されていた身だ。そりゃあ突然「悪い人たちではない」とか言い出したら俺でも心配するかもしれない。
「お、俺は操られてなんかありません! 本気です、本気で……っ」
「――ナハト」
そう、待機していたナハトに声をかける兄に「兄さんっ」とつい声をあげたとき。「分かった」と宥めるように兄は俺の体を抱き締めるのだ。まるでぐずる子供でもあやすかのように。
「生け捕りにすれば問題はないのだろう。このまま野放しにして逃げられて被害が拡大した方が悪手だ」
「ナハト、頼めるか」と静かにナハトに目配せをする兄。ナハトは「はい」とだけ応え、その次の瞬間には影に溶け込むようにその姿を消していた。
「……っ、兄さん……」
「聞きたいことは山ほどあるが、今は『これ』を片付けるのが先だ。後のことは俺たちに任せておけ。……モルグ、そこの彼と良平を頼めるか」
「はーい、了解~」
「ノクシャス、お前はナハトのサポートを頼む」
「やり過ぎないようにな」と小さく付け足す兄に、ノクシャスは「わかってますよ」と小さく付け足す。そしてそのまま穴をくぐり、再び建物の中に戻っていくノクシャス。
ナハトとノクシャスがいなくなった路地裏、残されたのは俺と兄とモルグの三人だけだった。
「兄さん……」
「また後で話はゆっくりと聞かせてもらうからな、良平」
そう、兄は俺を下ろす。
そしてモルグに俺を預けた兄もビルの中へと消えていくのを見て、思わず追いかけそうになったところに「こらこらこら~~」とモルグに抱き留められた。
「も、モルグさん、離してください……っ! お、俺も……」
「君、ボスに言われたばっかでしょ~? ここで君になにかがあったらまた僕が怒られちゃうんだって~」
また?と小首を傾げそうになったときだった、「それ」とどこからともなく取り出した拘束具を取り出したモルグはそのままサディークの腕を拘束する。
「ってなわけでえ、善家君。君はこっちの手伝いねえ」
そう、拘束したサディークを開いたままの四次元扉へと押し込んだモルグはこちらを振り返る。
その手にはサディークを縛ったものと同じ拘束具が握られていた。逆らえば縛られるのは間違いなさそうだ。俺は「分かりました」と観念することにした。
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