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紅音に連絡を取り、それから改めてラウンジで会おうということになる。
ノクシャスも着いてきたが、あくまで何かあったときのため基本は離れた席から見守ってくれるという感じだ。なんだかんだ言いつつも紅音のプライバシーを尊重してくれるノクシャスに優しさを感じた。
……とは言えど、ファーストインプレッションは済んでるので最近の調子を話したり世間話が主になる。
「トリッド、体の調子はどう?」
「ああ、もう全然へーき。結局入院前と数値変わんなかったし」
「そっか、なら良かったよ」
「なあ、善家……あ、良平って呼んだ方がいいんだっけ」
「そうだね。……けど、慣れないだろうから呼びやすい方でもいいよ」
「でも、お前も俺のことトリッドって呼ぶしな」
「うん、でもやっぱりなかなか慣れないけどね」
ヴィランネーム、なんて俺も紅音も学校に通っていたときは考える羽目になるとは思わなかっただろう。
けれど、実際にこうやって向き合ってるとなかなか不思議だ。
「……そういえば、単独行動は暫く駄目って言われてたんだっけ?」
「そーそー、ノクシャスが許可するまで駄目だって。あの人厳しいから多分相当掛かりそうな気ぃすんだよな」
「……トリッドはグループ行動苦手なの?」
これは純粋な疑問だった。俺にとって紅音と言えば成績優秀・皆のリーダー・優等生という典型的な模範生徒だったからだ。
トリッドは「そういうわけじゃないんだけど」と言葉を濁す。
「……ほら、ここにいるやつらってなんかクセが強いっていうかさ……ノクシャスはいいんだけど、やっぱ悪いやつもいるじゃん」
「あー……まあ、ヴィランだからね……」
「話は通じるならまだいいけど、やたら俺に食いかかってくるやつが多いんだよな。なんか、ノクシャスに目を掛けられてるのが気に入らないらしい」
「それは……」
あれだけ慕われるノクシャスだ、確かに紅音ばかりと僻む部下の人たちがいても仕方ない……のか?
幸い俺の回りにはそんなに好戦的な人はいなかったが、実際に現場で働くヴィランの人たちとなるとやはりそれなりに荒い気性の人が多そうだ。
「……悪い、なんか愚痴っぽくなったな」
「ううん、いいよ。それに、そういう話を聞いて改善策考えるのも俺の仕事だし……っ!」
「営業部って何だよって思ったけど、なるほどな。……それって、お前にぴったりだな。良平」
「……そ、そうかな」
真っ直ぐにこちらを見つめてくる紅音。昔の俺を知ってる相手だからこそ、そう言ってくれるのは嬉しかった。
なんとなく気恥ずかしくなって笑って誤魔化せば、「ああ、そうだ」と紅音は頷く。
「……お前も頑張ってんだから、俺も頑張ってみるよ。……そうだな、取り敢えず挨拶からか?」
「うん、いいと思う。ノクシャスさんの部下の人たちは、俺みたいなのにも優しくしてくれる人もいるから」
「みたいなのって……それはお前の愛嬌の賜物だろ」
「ほ、褒めすぎだよ……っ! もうなにも出てこないよ?」
「はは、真っ赤だ」
紅音が笑ってるのに釣られ、俺は頬が綻ぶのを感じた。
紅音は優しい言葉を掛けてくれるが、実際まだ俺は皆に助けられている部分が大きいことは分かっていた。
もっと、頑張らないとな。
紅音の言葉は俺の背中を強く推してくれる。これは昔からだ。
それから、穏やかながらも忙しい日々が続いた。というのも、どうやら東風が数週間ほど弊社からいなくなるらしい。詳しい話は聞いていないが、それも仕事というのだ。
その代わり、東風の担当の一部を望眼が引き継ぐということで望眼の負担が膨れ上がる。
普段ならばデスクでまったり缶コーヒーを飲んでる望眼の姿もぱたりと見なくなるくらいだ。
「あ、あのっ! 貴陸さん……っ!」
望眼が営業回りで殆ど出ずっぱりな中、俺は勇気を出して貴陸のデスクの前に立つ。
「おう、どうした良平」と作業の手を止めた貴陸はこちらを見た。相変わらずの強面だが、優しい人だと俺は知ってる。
それでも、この瞬間だけは緊張した。
「お願いがあるんですけど――」
――数日後。
――社内通路にて。
「ながら歩きは危ないぞ」
腕時計で次の予定を確認しながら、担当のデータとやり取りの内容を再度目を通していたときだ。不意に、向かい側から聞こえてきた声に「す、すみませんっ!」と慌てて顔を上げたときだ。
そこに立っていた人物を見て、俺は「望眼さん」と声を上げる。
「よ。良平」
「っ、も、望眼さん……っ! お久しぶりです」
「ああ、久し振り。……って、この前も久し振りって言ったばっかだよな、俺ら」
少し前は毎日のように顔を合わせていたからだろうか、外回りから帰ってきたところだったらしい望眼になんだかほっとした。
「なあ、少し時間大丈夫か?」
「はい。早めに用意はしていたので」
「そうか、ならよかった」
とは言えど望眼の方が忙しいはずなのに、と思いながらも俺は望眼の提案で近くのラウンジに入った。
適当なドリンクを頼み、二人用の席に腰を掛ける。望眼はいつものコーヒーを頼んでるようだ。
「貴陸さんから聞いたよ。まさか、お前が俺の仕事手伝うなんて言い出すなんてな」
「……いえ、そんな。俺も何かできることはしたかったので」
「いや充分助かったよ。……つーか、俺よりもあの子の方がいいなんて言い出すやつもいたくらいだしな」
「えっ」
「お前のことそれくらい気に入ってるってことだよ」
望眼は笑う。少しは睡眠は取れるようになったのだろうか。疲れはあるものの、前に見たときよりは大分顔色はマシになってる気がした。
貴陸に頼み込んだ内容――それは、俺にも担当を増やしてほしいというものだ。
紅音一人だけしか担当していない俺と、正確には聞いてはいないが恐らく二桁以上の担当を相手にしている上に、噂では手に負えない東風の担当たちまでも引き継ぐことになった望眼の負担は想像を絶するだろう。
今までは俺が新人だからと言って貴陸や望眼も新人向けの担当が入ってきたら俺に宛行うということをしてくれていた。それが俺のためだと分かってたし、助かったが……ずっとこのまま望眼たちにおんぶに抱っこの状態は耐えられなかったのだ。
だから、貴陸に頼んで望眼の担当する中から数人、『俺にも合うだろう』という担当を宛行ってもらうことにした。
貴陸の判断はいつも正確で、どの人たちも望眼の代わりに来たというと「また仕事押し付けられてんだな」と笑っていた。
代理ではあるので定期的なヒアリング調査が主になる。予め決まった内容についてヴィランの人たちに聞いて反応を見るという感じだ。
これくらいならば、俺でもできるだろう。……というか、出来るようにならなければならないのだ。
というわけでここ数日は紅音とも連絡を取りつつ、望眼の担当のヒアリング調査を行っていた。そして、このあともその予定はある。
「少しでも望眼さんの助けになったなら良かったです」
「……良平、ありがとな。けど、無理はするなよ。合わないと思ったら速攻貴陸さんに言って切ってもらえばいいから」
「い、いえ! 皆さんいい人たちばかりで……」
「ならいいけど。……なんか、これが後輩を持つ先輩の気持ちってやつか?」
「……え?」
「いや、頼もしいような寂しいような……」
言いながら、なんだかしんみりしてる望眼だったがそれもすぐ望眼の端末に掛かってきた着信によって中断させられる。
「げ。……くっそー、まだ予定の三十分前だってのに急かしやがって……っ!」
「もしかして……担当の方ですか?」
「そうそう。東風さんの引き継ぎのな。……はーあ、さっさと東風さん帰ってきてくんねえかな」
「……そうですね」
もう時間なのかと思うと名残惜しいが、仕方ない。立ち上がる望眼を目で追いそうになり、やめた。ここはちゃんと見送らなければならないのに後ろ髪を引かれてしまいそうになるからだ。
「……良平」
そんなとき、ふと望眼の手が肩に触れる。
先程までとは違う、優しい声に少しだけいつの日かのことを思い出して緊張した。
望眼さん、と顔をあげようとしたときだ、視界が暗くなった。ほんの一瞬、覗き込んできた望眼にちゅ、と額にキスをされたと思えば望眼はいたずらっ子のように笑うのだ。
「もう少しの辛抱だ。……寂しがんなよ」
「っ、な、も、望眼さん」
「……なんてな。寂しがってんのは俺だけど」
言いながら照れくさくなったらしい、それだけを言い残した望眼はそのまま「じゃあな」と俺を残していこうとする。
言い逃げなんてずるい。俺は考えるよりも先に手を伸ばし、望眼の袖を掴んだ。
引き止められるとは思っていなかったようだ、こちらを振り返る望眼。
「……望眼さん、俺もですからね」
なにが、とは言わなかった。今の俺にはこれが精一杯だった。じわじわと頬を赤くした望眼は少しだけ唇を尖らせ、「……おう」と呟く。
それから、望眼は店を出た。
……俺も、そろそろ行かなければならない。新しく買い替えた腕時計で時間を確認しながら、俺は店を出た。
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