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06
――場所は変わらず自室にて。
それからもそもそと身支度を整える。
今日は何をしようかとか、そういえばナハトさんは今日ずっとお休みなのだろうかとか考えながら着替えてると、ふとソファーの方から視線を感じる。
「な、なんですか? ナハトさん……」
「……なんか下手くそな鼻歌聞こえてきたから」
「鼻歌に下手くそとかないですよ……っ!」
「……なんか機嫌よくない?」
のそ、とソファーの上、起き上がるナハトに俺は口籠る。
『ナハトさんと久し振りに一緒にいれるからです』……は、流石に浮かれ過ぎだろうか。今更だろうか。
なんて悶々考えてると、口籠る俺にナハトは訝しむような視線を向けてきた。
「……なに?」
「え、えーと……今日は天気がいいので」
「天気って。年中こっちは曇ってんだろ」
「き……気持ちの問題なので。こういうのは」
「ふーん。……今日は一日ゆっくりできるんだろ」
「はい! ……なので、お出かけとか……その……」
一緒にどうですか、という一言。そのたった一言を口にするだけなのに、喉に突っかかってしまうのだ。
元々ナハトは引き篭もり……いや、インドアがちだし、絶対に嫌がるかもしれない。部屋でゆっくりする時間も好きだけど、たまにはナハトさんとどこか出かけたいという気持ちが溢れてくるのだ。
営業時、外回り中見かけたナハトが好きそうな雰囲気の店とか、こっそりメモしていたのだ。引かれたくないので言えないが。
「その、ですね……」
「……なに、さっきからもじもじくねくね」
「う、その……お出かけ……ナハトさんも、一緒に……」
「…………俺?」
片眉を釣り上げるナハト。俺は慌ててこくこくと頷き返した。
「……別に、行きたいところなら行けばいいだろ。俺は勝手に着いていくし」
「そ、そうじゃなくて、ですね……その……ふ、二人で……一緒に……」
『では、ここからは今ダウンタウンで人気の最凶! 流血必須のデートスポットを紹介させていただきます!』
そんなときだ。リビングの点けっぱなしになっていたモニターからおどろおどろしいテロップとともに、この地下世界限定の番組が始まった。
なんというタイミングだろうか。デート、という単語にハッとする俺を見て、ナハトも俺が言わんとしたことに気付いたらしい。
じわじわとその顔が見たことのない表情になっていく。
「……もしかして、アンタが言ってんのって『これ』のこと?」
まともにナハトの顔を見ることができなかった。恐る恐る頷き返せば、ナハトはやや黙り込む。
……ナハトは嫌がる可能性は考えていたし、断られる覚悟もしていたが、やはりこの間を耐えるには俺の心は弱い。
やっぱり余計なことをすべきではなかったか、と後悔しかけたときだ。
「……俺、そーいうのよくわかんないんだけど」
「っ、そ、そうですよね、ごめんなさい! 急に変なこと言って……」
すみませんすみません!と慌てて逃げ隠れるようにキッチンへと向かおうとしたとき、伸びてきたナハトの腕により首根っこを掴まれ、そのまま引き戻される。
「んきゅ……っ!」
「ねえ、何勝手に終わらせようとしてんの」
「な、ナハトさ……」
「………………別に、付き合ってやらなくもない……けど」
「……え」
ぽそ、と唇を尖らせるナハトに俺は文字通り思考停止した。
「……だから、デート……付き合ってやる。……って言ってんだよ」
「聞こえなかった?」とこちらをじっと見つめてくるナハトに、心臓の耐久値が一気に減るのを感じた。
スピーカーから聞こえてくる『このデスパークなら彼氏が本当に肉体的に強い男かどうか調べられるし、耐えきれなかったら死体ごと破棄できますのでおすすめですよ!』という悍しい謳い文句を華やかな笑顔で紹介するアナウンサーの声すらも遠くなり、その代わりうるさい程の心音が耳元で響いた。
――ナハトさんと、デート。
まさか、本当に。幻聴とかではないよな。
「……ねえ、聞こえなかった?」
「い、いえ」
「じゃあもっと嬉しそうにしろよ」
「う、嬉しい……です……とても」
「ごめんなさい、嬉しすぎて、俺……」後になってじわじわと顔が熱くなってきた。ナハトは無言でまじまじと俺の顔を覗き込んだまま、ふん、と顔を逸す。そのまま離れていくナハトにやっぱり嫌になったのかと慌てふためいたとき、「服、着替えてくる」とナハトはぽつりと呟いた。その黒髪の下、覗く耳がほんのり赤くなってるのを見て俺はまた言葉を失うのであった。
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