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08
――なんで望眼さんがここに。
突然先輩が現れて驚いたと同時に、ナハトが望眼のことをよく思っていなかったことを思い出す。
ここは、どうするべきなのか。
そう狼狽えてる間に、俺の隣にいたナハトに気付いたようだ。俺とナハトを交互に見た望眼の表情も僅かに硬くなった。
「あー……っと、もしかして、邪魔したか?」
「あ、いえ……っ! 大丈夫です」
「そうか、でもゆっくり息抜きできてるみたいで安心したよ」
そうポン、と望眼に肩を叩かれそうになった瞬間、パシンとナハトに弾かれる。あまりの早さに静電気が走ったのかと自分の指を見る望眼だったが、俺は見てしまった。ナハトさんの肩が僅かに動いたのを。
「ナハトさんっ!」と口パクでナハトを咎めるが、対するナハトは早くこの場から立ち去りたくて仕方ないようだ。『まだ?』と無言の圧力をかけてくるナハトにこっちまで負けてしまいそうになった。
……しかし、確かに今はナハトとのデートの最中だ。
望眼さんには悪いけど、今度会社で会ったときにお話ししよう。
「あの、お陰様で……。あの、お仕事中ですよね?」
「まあ仕事って言ったら仕事だし、違うといったら『そう』なんだよな」
そう言う望眼はなんだかバツが悪そうだ。もしかして外回り中なのだろうか、と辺りを見渡したとき。
望眼の背後からにゅっと影が現れた。
「お、望眼が誰か口説いてると思ったら、良平君じゃーん。久しぶり~!」
鮮やかな紫髪に、整った顔立ち。派手な装飾とメイクはどことなく道化師を連想させるそのヴィランには見覚えがあった。
確か、望眼の担当をいくつか受け持ったときにお世話になった――。
「えっと……スライさん?」
「あれ? なになに? もしかして、ちょーっと俺のこと忘れかけてた? 悲しいなあ、やっぱこいつと担当交換してもらって毎日俺と会わなきゃだね」
言いながらドサクサに紛れて手を絡めてくるスライに驚いたのも束の間。『まずい、ナハトさんが怒るぞ』と思った次の瞬間、「おっと」とスライの手が離れる。それから、ナハトの方を見たのだ。
「あれ? 君――」
――もしかして、ナハトさんの反撃に気付いて避けたのか。
つい感心しそうになったがそんな場合ではない。今度はナハトの方をじーっと見るスライに、こっちまで心臓が止まりそうになる。
「可愛い子たちが二人で何やってんの? ねえねえ俺も混ぜてよ。ダブルデートしようよ、どう?」
――ああ、そうだ。スライさん、こういう人だった。
薄れかけていた記憶が掘り返されると同時に、一気にナハトの全身から殺意が漏れ出すのを感じて俺は慌ててナハト庇った。
と、同時に望眼もスライを羽交い締めにし、止める。
「馬鹿っ、お前その節操のなさいい加減にしろっつってんだろ……! そのせいでさっきの店も追い出されたんだろうが……!」
「けど、さっきの子よりかはこっちのが断然アリ。つーか寧ろこっちのが当たりじゃん。 てか何? 望眼だって良平君と遊びたいとか言ってたじゃん」
「あー! 黙れ黙れ! ほらこのホットドッグを食え!」
「むぐ……っ!」
喋れば喋るほど、見事にナハトの地雷を踏み抜いていくスライ。「殺してもいいか?」と私服の下、ずらりと仕込まれた暗器たちに手をかけるナハトを見て、「ナハトさん、落ち着いて下さい……!」と必死に小声で俺は抑えることしかできなかった。
――数分後。
「お仕事のところすみません。じゃ、じゃあ俺たちはこれで……」
「えーもう行っちゃうの? 可愛い子二人だけじゃ危ないよ~? お兄さんもついていこっか?」
言いながらドサクサに紛れて近付いてくるスライを避けつつ、「ご心配なく」と俺は慌てて声をあげた。
そして、俺はナハトの手を握る。また暗器を仕込んでた手をそのままそっと握り、俺はスライを見上げた。
「この人、ずっと強くて頼りになりますので……っ!」
――言ってしまった。
なんならスライよりもナハトの方が驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
無理もない。俺も、自分がこんなこと言うなんて思ってもなかった。
けれど、ナハトのことを何も知らないスライに詮索されたりすると、なんだか胸の奥がモヤモヤとしてしまって止まらなかったのだ。
「良平……」
「……っ、す、すみません、じゃあ俺達はこれで――」
「それとこれ、デートだから。邪魔すんなよ、おっさん」
失礼します、と頭を下げようとした矢先。去り際に二人に吐き捨てていくナハトに絶句する暇もなく、俺はそのままナハトに手を握られた。そして次の瞬間、突風が吹く。視界が真っ黒な霧に包まれたと思えば、ゆっくりと霧散していく闇。そして視界を取り戻したと思った次の瞬間にはそこは大通りではなく、少し離れた路地にいた。
――ナハトの能力だ。
「……ナハトさん……っ、あの……」
「うるさい、黙れ」
まだ何も言ってないのに、と思った矢先、そのままナハトに肩を掴まれ、唇に噛みつかれる。
怒ってるだろう。隣にいた俺にはナハトの苛つきも分かったけど、よくあの場で死傷者を出さずに堪えてくれたことが今はただ嬉しかった。
ナハトの乱暴なキスを受け入れ、その苛つきで強張った背中にそっと手を回す。噛みつかれるようなキスを受け入れ、俺は口を開けてナハトを招き入れた。
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