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 そして、俺たちは仕切り直しすることになった。  事前にチェックしていた、ナハトが気に入ってくれるであろうデートスポット。その場所までマップアプリを頼りにやってきた。  やってきたはずなのに。 「……で、ここが、なんだって?」 「え、えーっと……ナハトさんが好きそうなところ……でした」 「昨日までね」  最新の新体験ゲームが取り揃えられたはずのその施設は最早瓦礫と化し、ビル街、不自然に一部のみ空き地となったそこには『閉店のお知らせ』と書かれた張り紙があった。  どうやら昨夜襲撃により建物が全壊したらしい。そんなことってあるのか。  正直、俺は確かにヴィランの街の治安を舐めてたのかもしれない。 「う、うぅ……じゃ、じゃあ次は……っ!」  しら~っとした顔のナハトの視線が突き刺さるが、俺は諦めずにナハトが気に入りそうなデートスポットその2へと向かった。  ◆ ◆ ◆  先程の元ゲームセンターからそう離れていないビルの中、ワンフロア丸々ありとあらゆるジャンクフードを取り揃えたその店の前、俺は「ど、どうですか、ナハトさん……っ!」と振り返った。  そして、そこに立っていたナハトの目の冷たさにハッとした。 「一応聞いておくけどお前、俺のことをなんだと思ってる?」 「え……ええと、ジャンクフードが好きな……引きこ――ん゛んっ、インドアな方……?」 「おい、なんか聞こえたんだけど」 「げ、ゲホゲホ! ……失礼しました」  危ない、危うくぽろりとしてしまいそうだった。ナハトの好物であるジャンクフードに囲まれたらもっと喜ぶと思ってたのに、ナハトの反応は悪い。  なんでだ、なにがまずかったのか。 「あ、あの~……気に入りませんでしたか?」 「気に入るもなにも、てかさっき食べたばっかで食い物は見たくないんだけど。……それに、一応これデートだよな? 俺の食料調達に来たわけ?」 「う、うぅ……ナハトさん、厳しすぎます……」  でもだって、ナハトさん大喜びすると思ったのだ、こんなにたくさんのジャンクフードに囲まれてたら……。  やっぱりデートは俺には難易度が高いようだ。  萎れる俺に、「お前が色気なさすぎるんだよ」とナハトはチクチクと言葉で刺してくる。  それを言われたら何も言い返せない、と項垂れたとき、俺はハッとした。 「ま、待ってください、ナハトさん! どうか、どうか俺にもう一度チャンスをください……!」 「……今度はなに?」 「と、取り敢えず調べてみます! えと、ここだったらナハトさんの好みにも合うかと……ええと、『普段出歩かない引きこもりでインドア気味な彼も大喜び♡ハズレなしデートスポット』……」 「…………」  端末を取り出し、検索アプリを開いたときだ。いきなり横から伸びてきた手により端末ごと取り上げられる。  何事かと顔を上げれば、思いの外すぐ側にナハトの顔があってドキリとした。もしかしてまた怒られるのだろうか、そう心臓がきゅっとした。  が、ナハトの態度は先程よりも柔らかい――というか、この反応は。 「え、えと、ナハトさん……?」 「確かに楽しませろって言ったのは俺だけど……アンタが俺と行きたいところ、とかでもいいから。別に」 「…………?」 「あぁ、もう」  髪をぐしゃぐしゃと掻き上げたナハトは、俺の肩を掴む。そして、睫毛に縁取られたその目がこちらを見据えた。 「さっきから俺俺ってさ……そうじゃなくて、別に俺はアンタの好きなところとかでもいいって言ってんの」 「な、ナハトさん……」 「……で、アンタは何が好きなの」  まさかナハトにそんなことを聞かれるとは思ってもいなかった。マニュアルなんてものは今ここにはなく、脳にもインプットされてない。  あるのはただ、俺の言葉のみだ。 「お、俺は……その、無趣味で、特に好きなものとかも……」 「じゃあ、気になった場所は?」  引かれるかも、と思ったがナハトの態度は変わらない。あくまで淡々と尋ねてくるナハトに、触れられた肩の熱さに、無意識に自分が緊張してることに気付いた。  無趣味で特技もない俺だけど、ナハトとの行きたい場所を探してる途中に見つけた、気になる場所はあった。 「…………ひ、一つだけ……個人的に気になってた場所があって」 「どこ、それ」 「で、でも、多分混んでるし……ナハトさんも楽しめるかどうか分からなくて……」 「だから、どこ」 「あの、い、嫌がらないですか……?」  絶対ナハトだったら「いかない」「興味ない」「一人で行け」と突っぱねられると思ってただけに、興味を示してくるナハトにただただ困惑する。  恐る恐る尋ねる俺に、ナハトは「見て決める」とだけ呟いた。  そこは否定はしてくれないのか。    けれど、ナハトがここまで言ってくれてるのだ。俺は勇気を出し、ナハトから返してもらった端末で予めお気に入り登録してた店を出した。 「こ、ここなんですけど……」  画面から浮かび上がる『わんにゃんランド』と描かれた愛らしいフォントと、愛らしい子猫や子犬と戯れる一般ヴィランたちの写真。  それを見た瞬間、すっとナハトの目が細められた。 「……………………………………」 「な、ナハトさん、眉間に皺が……っ!」 「アンタ、ここに行きたいんだ。……なんで?」 「な、なんでって……可愛いじゃないですか……?」 「……」 「ほ、ほら、やっぱり嫌そうな顔してるじゃないですか! う、うぅ、やっぱりこの話は聞かなかったことに……」  しますね、と画面を消そうとしたとき、またナハトに端末をひょいと取り上げられた。 「嫌そうな顔してない。てか、元からだし」 「ナハトさん……」 「今回だけ特別だから。……さっきは俺の好きなところだったから、今度はアンタの好きなところ、付き合ってやる」  それは思ってもいなかった誘いだった。  ナハトがこんなに歩み寄ってくれるなんて思わなかった。普段のナハトを知ってるだけに、思わず二度見してしまう。 「……っ! い、いいんですか……? あとから不機嫌になったり、ネチネチ文句言ったり……」 「……良平お前、俺のことをなんだと思ってる?」  むぎゅ、と左右の頬を摘まれたまま俺は「ひゅみみゃひぇん」と謝る。  やや伸びた俺の頬から手を離したナハトは、わんにゃんランドの他の写真を確認しながらこちらに目を向けてくるのだ。  そしてナハトは冷笑を浮かべる。 「……どんな毒や拷問にも耐えられる。わんにゃんくらい俺にはなんてことはない」  毒と拷問と同列なのか、わんにゃんランドは。  

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