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「顔、酷いことになってるし」 「な、はとしゃ……んぐ……」  なんで、こういうときは優しいんだ。そんな目で、そんな顔をして俺を見つめるのだ。  せっかく堪らえようとしたのに、そんなナハトに再びじわりと涙腺が滲む。 「あーもう」とナハトはぐしぐしと俺の目から再び溢れ出す涙を拭った。 「そっちのがボスの話の邪魔になるから。……てか、言いたいことあるならちゃんと言いなよ」 「な、いでず……っ!」 「……本当に?」 「………………ちょっと、嘘吐きました」 「ちょっとなんだ」 「……………………う、そです、大分」  くく、とナハトは笑う。そして、俺の嗚咽が落ち着くまで背中を撫でていたナハトは「すみません、ボス。話の腰を折って」と兄に目を向けた。  目を丸くしたまま俺とナハトを見ていた兄は「……いや、」とだけつぶやき、そして普段と変わらない笑顔を浮かべる。 「構わない。……それにしても、そうか。うちの良平が懐いてくれてると思っていたが――良平だけじゃなかったんだな」  そう小さく呟く兄。その言葉の意味が分からずにいると、隣でナハトが見たことのない顔をしていた。唇をきゅっと結び、「そうすね」と呟く。 「……そうか、そうか。なるほどな」  ナハトの耳が赤くなってることも気になったが、段々と兄の声のトーンが落ちていってることも気になった。 「ボス」 「いやなに、お前たちが仲良くなってくれたのなら俺は嬉しいよ。ナハト、お前は物心ついたときから周りに年齢の近い者がいなかったからな」  純粋に俺たちが仲良くなったことを喜んでるのだろうか。懐かしむように目を細める兄。兄の言葉にチクチクと罪悪感のようなものが刺激される。  兄にナハトさんとの関係を伝えるのならば、今だ。けれど、正確にはまだそういう関係になっていないし、なんなら待たせてるのは俺の方なだけに何も言えない。 「……別に、俺は年齢が近けりゃ誰でも懐くわけじゃありませんよ、ボス」  そんなことを考えてるところに、ナハトはぽつりと呟いた。そして、何やら一大決心をしたような顔で「こいつだから」と小さく漏らす。  一体何を言い出すつもりなのか、「え?」と俺が顔をあげるのとナハトさんが俺の手を取るのはほぼ同時だった。 「……こいつだから。俺にも食らいついてくるこいつだからです」  まるでプロポーズでもされてるような、そんな胸に羽がついたような気分になった。つい数分前はどん底だったのに、ナハトの言葉一つに救われるのだ。  兄はほんの少しだけ目を丸くして、そして微笑んだ。「そうか」と呟いた。何故だろうか、俺は兄のその声に違和感を覚える。  ……けれど、それ以上に。 「な、ナハトさん……顔が真っ赤です……」 「……うるさい。いちいち言わなくていいから」 「というか、俺、そんなにナハトさんに噛み付いてましたか?」 「噛み付いてる、今だってほら」 「こ、これは……コミュニケーションの一環です……っ!」  なんだかやたらと反骨精神逞しいやつだと兄に思われるのではないか。そう慌てて否定すれば「そういう図太いところとか」とナハトは目を細める。そして、す、と小さくなにかを言いかけたところでハッとした。 「……す?」 「…………す、筋がいい」 「……ナハトさん」 「あー、もういいから。黙れ。前向け。こっち見んな」 「な、俺、何も言ってません……っ!」 「てか泣き止んだんなら自分で顔拭きなよ」 「んむっ」  タオルをそのまま顔に押し当てられ、物理的に黙らされることになる。ナハトさん、真っ赤だ。けれど、こうして兄に言ってくれるなんて思ってなかったからまだ心臓がドキドキしてる。  だからといって兄が考え直してくれるわけではないと分かってても、それでも先程までの暗い不安はなかった。  ――俺は何を弱気になってるのだ。ナハトさんもこう言ってくれてるんだ。別に永遠に会わないわけではない。同じ社内にいる限り、会おうと思えば会えるのだ。 「えへへ……」 「その笑い方」 「ナハトさん、ありがとうございます」 「…………なんのこと?」  ナハトさん、照れてる。  わざと俺からそっぽ向くナハトさん。こっそり顔を覗き込もうとも思ったとき、ふと、兄がこちらをじっと見つめてくることに気付いた。 「あ、……ご、ごめん。兄さん、忙しいんだったよね」 「いや、構わないよ。……可愛い弟と大切な部下の顔を見る時間くらいは俺でも作れる」 「か、可愛い……」 「まあ、けど良平――大丈夫そうか?」 「……っ、あーその、ごめんなさい。俺は兄さんに異存はないし、従うよ。……ごめんなさい、その、困らせるような真似をしてしまって」 「……ああ、気にするな」  本当だよ、という顔をしたナハトの視線が刺さるが、一先ず兄に許してもらえたことにほっと安堵した。  ……今度、モルグさんに涙腺強化の相談するのを視野にいれておくか。

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