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 望眼の担当ヴィランであるスライは、何故だか俺のことを口説いて……いや、目にかけてくれている。  気に入って貰えるのは本来ならばありがたいことなのだけれど、この通り少々距離が近い人なので俺はどう接したら良いのか決めかねていた。 「なにが、こんなところだよ……っ! おい、良平に絡むな……っ!」 「いてて、嫉妬する男は醜いよ~望眼」 「その話はもう終わったからやめろ」 「え、もしかして修羅場ってた?」  ニヤニヤと笑いながら近付いてくるスライを捕まえながら、「なんで嬉しそうにしてんだよ」と眉間を寄せる望眼。対するスライは「いや?別に?」としらばっくれる。 「けど、良平君も済みに置けないよねえ。あんなに可愛い彼氏がいたなんて」 「え?! っ、いえ、まだそういう関係では……」 「――ま゛」 「まだ?」 「ぁ、ああ、すみませんっ! その、ええと……っ」  顔色が悪くなる望眼と目をキラキラとさせるスライに問い詰められ、頬がじんわりと熱くなっていく。ああもう駄目だ、この口は開く度に余計なことを言ってしまう。  ごめんなさい、ナハトさん。と、この場にはいないナハトに謝罪しつつ俺は必死に話題を逸らそうとした。 「えと、スライさん、望眼さんに用事だったんですよね。だったら俺たちはそろそろ……」  ちら、と助けを求めるように東風を見れば、いつの間にかに勝手に飲み物を用意していた東風は、グラスに口をつける。 「……そだね、煩いのも来たし」 「うわ、ひでぇな」 「こ、東風さん、あんま酷いこと言ってやらないでくださいよ」 「ごめん、お世辞とか言えないから。俺」  聞いてるこっちがヒヤヒヤさせられるような東風の言葉ではあるが、スライは全く気にきていないようだ。 「行くよ、良平」と立ち上がる東風に腕を引かれ、そのまま連れて行かれそうになったとき。  伸びてきた手に手首を取られた。振り返れば、にっこりと笑ったスライが立っていた。 「まあまあ、そんな急がなくてもいーじゃん。営業部ってそんな忙しいの?」 「……仕事なしのヴィランよりかはね」 「おわ、ひっでぇ」  サディークさんが聞いていたら泣いていたかもしれないくらい、なかなか鋭利な東風の言葉に俺までぎょっとした。  というか何となく薄々、ほんのりと感じたことだが……東風さん、もしかしてスライさんのこと嫌いなのかな?  なぜか二人に手を掴まれたまま動けなくなった俺は、「も、望眼さん」と助けを求める。そしてどうやらその助けを求める声は望眼に届いたようだ。 「ほら、スライ。暇なのはその時によるって言ったろ。……因みに営業部の中でも東風さんは忙しい部類だから、下っ端の俺と違って」 「ふうん。じゃ、良平君は?」 「え? お、俺は……」 「暇ならお茶でもしようよ。望眼が奢るってよ」 「なんでだよ」と即座に突っ込む望眼。思ったより元気そうで良かったな、と安堵したが、いや今はそんな場合ではなさそうだ。 「えと、ご、ごめんなさい……今日は東風さんに仕事を見せてもらうことになってて」 「えー、残念だなあ。例の可愛い彼氏について聞きたかったのに」 「え」  薄ら笑いを浮かべたままそんなことを言うスライに手足が冷たくなっていく。  まさか本当にナハトさんのこと気に入ったのか。絶対にスライさんはナハトさんの嫌いなタイプだと分かってても、確かにスライさんは暗器のことに詳しかったりするからもしかして気が合ったらどうしよう、と嫌な想像が一瞬で頭を駆け巡る。 「っ、お、おい、スライ……」 「だ、駄目です! ナハトさんは俺の……っ!!」 「……」 「…………ナハトさん?」 「………………あ」  頭に昇っていた血が一瞬にして引いていくのが分かった。俺は、血の気が引くってこういうことなのかと思った。馬鹿。俺の大馬鹿。 「こ、東風さん……」 「なに?」 「こ、ここにいる全員の記憶を消してください……」 「ま、待て早まるな良平……っ! き、聞こえてなかったから! 落ち着け!」 「ぉ、俺は……俺は……っ、ぅ、ご、ごめんなさい……っ! 殴ってください……っ!」 「な、ほらスライ! お前も聞こえてなかっただろ!」 「へえ、ナハト君ってあの有名人のナハト君?」 「ん゛に゛~~っ!!」 「良平! 落ち着け! ソファーの角で人の頭はダメージ受けねえから!!」  俺はナハトさんのイメージブランドを傷付けてしまった。  しかも自白剤もなんも関係なくうっかりでだ。  こんなことナハトさんに知られてみろ、心臓が凍るほどの冷たい目を向けられるだろう。いやいっそのこと捨てられる方がまだマシと思われるような真似されるかもしれない。 「スライもあんま良平虐めるなよ」 「はは、ごめんごめん。良平君の反応があまりにも面白かったから」 「お、お願いします……このことは内密に……あの、なんでもしますので……」  バレてしまったものは仕方ない。  望眼は何度かヴィラン姿のナハトさんといた所を見られてはいたし、もう誤魔化しようはないだろう。そう頭を下げた瞬間、「なんでも?」と望眼とスライが同時に反応した。 「うっ、いえ、あの……で、できる範囲なら……」 「ふーん……」 「あの、今日は仕事があるので……その、また別の機会で……」  二人が熟考し始めたのを見て、なんだか無性に嫌な予感がしてきた。  そう恐る恐る申し出れば、望眼の肩を組んだスライはなにかゴニョゴニョと耳打ちをする。ぎょっとする望眼だったが、望眼が口を開くよりも先に「了解~」とスライは笑った。 「俺たちは善良なヴィランだからね、良平君の気持ちには応えさせてもらおうかな」 「おい、スライ……」 「ってなわけで、また連絡するよ。望眼が」  肩を掴まれ「おい」と露骨に顔を顰める望眼。  ……望眼からしてみれば、大ファンと言ってたナハトに罵られたようなものだ。やはり素直に受け入れてくれないのだろうかと不安になってると、「安心しろ、俺は口だけは堅いから」と望眼は付け加えた。自虐のつもりだったらしいが誰一人突っ込まなかったせいで微妙な空気になってしまったが、それも一瞬。 「……で、記憶は消さなくていいの?」  ぼんやりとしたままこちらに顔を寄せてくる東風に、俺は慌てて頷いた。どうやら俺の言葉を本気にしてくれたようだ。  正直それが一番確実な気もしたが、二人が言わないと言ってるのだ。信じて……いいのか。 「も……もしものときはお願いするかもしれません」 「割高になるから覚悟しなよ」 「う……はい……」  とにかくナハトさんに謝罪の連絡だけ入れておこう。  俺は胃に爆弾を抱えた気分のまま、タブレットを起動させた。それから、東風とともに望眼の部屋を後にする。

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