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 ――社員寮。  望眼の部屋をあとにした俺は、そのまま無言で先を歩いていく東風の背中を追いかける。 「あ、あの……東風さん」 「……ん?」 「その、ありがとうございました……望眼さんのところまで着いてきてもらって」 「……んー、別に良平のためだけじゃないから」 「……?」 「望眼のやつ、あんたの顔見た途端元気になってたろ」 「そ、そうですかね……?」  逆に凹ませてしまった気もしないでもないが、と少し不安になってると「そうだよ」と東風は呟いた。 「振られてたけど」 「ふ、振ったわけでは、いえ、その……っその件については色々な誤解が……」 「まあどうでもいいけど」 「そ、そうですよね……」  なんだか東風の中で俺の印象がどんどん悪くなっているような気がしないでもないが、ここで何を言ったところでそれを払拭できる自信はない。  俺は大人しく口を紡ぐ。 「……それより、さっき望眼が言ってたやつのことだけど」 「え?」 「……望眼に自白剤飲まされたときの話。アンタを連れて行ったやつだよ、……本当に知り合いじゃなかったの?」  いきなり立ち止まる東風に問い詰められ、少しだけ驚いた。  兄さんのことを言ってるのだろうか。いくら先輩の先輩と言えど兄のことを話すことはできない。  小さく頷き返せば、東風はじっとこちらを見つめる。もしかしてまた催眠をかけるつもりなのかと思わず「東風さん」と声をあげたときだった、望眼の部屋の扉が開いた。 「あ、よかった。まだ良平君いた」  現れたのはスライ、それからスライを追いかけて出てきた望眼だった。  面倒臭そうに溜息を吐いた東風は俺の肩を掴み、そのまま離れる。 「おいスライこら待て……っ!」 「す、スライさん……望眼さん……?」 「望眼が良平君の連絡先教えてくれないからさ、直接聞こうと思ってさ」 「あ、えと……でも、俺は担当ではないのでその……」 「もしまた望眼に何かあったとき連絡するよ、便利じゃん?」  スライに迫られ、「た、確かに……」と納得しかけたところで「俺をダシに使うな」と望眼はスライを羽交い締めにしていた。 「ええと、業務用でいいなら……」 「良平?!」 「やり、良平君仕事できるねえ。きっと望眼より先に出世するよ」 「うるせえな余計な一言多いんだよお前」  なんだかんだ仲いいんだろうな、ふたりとも。そう微笑ましくなりつつ、タブレットを取り出した俺はそのままスライと連絡交換をする。 「言っとくけどスライ、こいつ宛のメッセージは俺も見るからな」 「うわ怖いなあ、大丈夫良平君。こいつにパワハラされてない?」 「い、いえ! そんなことは……!」 「良いからほら、用済んだんなら戻るぞ」 「はいはい、分かった分かった。ったく、余裕ない男はモテないぞ~」 「余計なお世話だ」  言いながら再び望眼の部屋へと引っ込んでいく二人。賑やかな二人がいなくなったことにより一気に静けさが戻る廊下の中、再び俺と東風の二人きりになる。 「……あの、すみません。お待たせしました」 「……」 「東風さん、あの……」  自分のデバイスを取り出し、それを見ていた東風は気怠げに視線だけこちらに向ける。 「君って、モテモテだね」 「え、いや、その」 「まあいいや、一旦解散で」 「え」 「良平も上がっていいよ」  もしかして待たせてしまったことについて気を悪くさせてしまったのだろうか。 「あの、東風さん」と不安になってると、東風はデバイスを仕舞いながら「急用が入ったから」と呟いた。 「急用、ですか」 「そ。だから、お前の子守できなくなった」 「こ……」  子守。ぐさっと鋭い言葉が胸に刺さったが、東風の言葉に棘や悪意は感じないのだから不思議だ。 「……ってわけで、俺はこのままそっち行くから。……良平も好きにしていいよ」 「あ、は、はい。分かりました……すみません、お手伝いできなくて」 「……いや、面白いもん見れたからいいよ。別に」 「お、おも……」  何を指してるのか不安になったが、東風は気にしない様子で「じゃ」とだけ呟きそのままその場を立ち去った。  迷惑かけたわけではないならよかったが、俺は望眼の部屋でのアレコレを思い出しては落ち込んでいた。  ……ナハトさんになんて説明しよう。  そんなことを考えながら、トボトボと俺は自室へと戻ることとなる。

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