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自室へと戻る途中、端末にメッセージが届いた。なんだろうと確認をすれば、紅音からだ。
『今仕事終わった。暇だったら飯でもどうだ?』という内容だ。俺は二つ返事でそれに応えることにする。
本社のロビーで落ち合う約束をし、俺は早速待ち合わせ場所へと向かった。そして暫くもしないうちに紅音は現れる。相変わらず目立つ赤い髪。
「こっちこっち」と手を振ればこちらへと気づいたらしい。紅音は大きく手を振り返し、そして俺の側まで駆け寄――ろうとした矢先だった。
不意に足を止めた紅音は、辺りを見渡した。
「くお……トリッド、どうしたの?」
「……他に誰かいるのか?」
警戒する紅音。その言葉の意味が一瞬わからなかったが、すぐに無雲のことを思い出した。
「えと、もしかしたら……それ、知り合いの人かも」
「知り合い?」
「えと、警備というか敬語というか……」
無雲のことをどう説明すべきか言葉に迷っていると、紅音の表情がどんどん険しくなっていくではないか。
「……その人、ずっといるのか?」
暗に席を外させろと言ってるのだろうか。ナハトさんたちがいるときはそんなことを言わなかっただけに、なんとなく紅音の態度に驚いた。
「えと、その……難しいかも」
「そうか」
「い、一応……部屋に戻るまでは見てもらうってことになってるから」
気難しい顔をしたまま、紅音は「そうか」と呟いた。何か引っかかってるのは間違いない。けど、なんとなく紅音の表情から『今は深くは聞かない方がいい』ということだけは感じた。
「それじゃ、さっさと行こうぜ」
「あ、う、うん……」
それも一瞬。諦めたのか、そう言って紅音は歩きだす。それに俺はついて行った。
それにしても、すぐ気付くなんて紅音君は流石だな。……そんなことを考えながらやってきた社員食堂で、俺と紅音は適当な軽食を頼み、空いている二人用のテーブルに着いた。
「まだ気配する?」
なんとなく気になって小声で訪ねれば、「付いてきてる」と紅音は小さく頷き返す。
俺からは何も感じないので本当に無雲が見張ってるのか気になっていたが、その点では紅音の言葉に安堵のようなものを感じた。
「悪いやつじゃないん……だよな」
「うん、……ちゃんとした人だから大丈夫だと思う」
「そうか。……」
「やっぱ、話しにくい?」
「居心地はよくねえけど、ま、悪いやつじゃないんならいいか」
正直、俺も素性を全く知らないのでなんとも言えないが、紅音を安心させるために取り敢えず頷いておく。
それから暫くもしないうちに配膳ロボが運んできた料理を受け取った。俺はベジタブルバーガーで、紅音は五段くらいあるハンバーガーだ。どうやって食べるのだろうか、と見守りながら俺も自分の食事をすることにした。
「トリッド、今日は忙しかった?」
「俺は暇だった」
「“は”?」
「ノクシャスのやつに言われてさ、外回りすんなって。だから建物内の巡回警備ばっか。そんなの、俺じゃなくてもロボでいいだろって」
なあ、と厨房へ帰ろうとしていた配膳ロボに絡み出す紅音に思わず苦笑した。
ノクシャスは偽物のレッド・イルが現れたことを警戒して、敢えてトリッドを外に出さないようにしてるのかもしれない。
「トリッド……」
「そういう良平は? なんか元気ないみたいだけど」
「わ、分かる……?」
「良平は特に顔に出るからな」
慌てて顔を手で押さえれば、からからと笑った紅音はすぐに真面目な顔をするのだ。
「何かあったのか?」
「う……大したことじゃない、わけじゃないんだけど……ちょっとミスして……」
「ミス?」
「トリッドはさ……」
洗脳とか掛けられたことある?
なんて喉元まで出かかって、慌てて口を閉じた。
レッド・イルの存在自体がそれに当てはまるというのに、俺はなんてことを聞こうとしているのだ。
「良平?」
「あ、いや……えと、その……す、好きな人とかできたことある?」
「は?」
「あ、あー……ごめんっ、やっぱなしで……っ!」
今日はもう駄目だ。口にすること全てが裏目に出てる気がしてならない。
「変なこと聞いてごめん」と慌てて話題を切ろうとしたときだった。大きくハンバーガーを齧った紅音はそのまま考えるように黙り込む。
「好きなやつ……それって恋って意味?」
あ、そこの話題拾ってくれるのか。どうしよう、投げかけておきながら何も考えてなかった。
まさか返してくれると思ってなくて、ドギマギしながらも頷き返せば紅音ほ「ないな」と呟いた。
「え、い、一度も?」
「……なんか変なこと言ったか?」
「いや、そんなことないよ。ないけど……確かに、言われてみたらトリッドってそういうイメージなかったかも」
女子からは人気があったが、紅音は可愛い女の子よりも活躍するヒーローたちの方が好きだった。それは俺も同じだ、だからこそ意気投合したのだ。そのことを思い出し、変わってない紅音にほっと安堵する。
「……そういう良平は?」
「え? え、俺は……」
まさか聞き返されるとは思ってなくて、自分から話題に出しておきながらつい照れてしまう。
「ひ、秘密……」
そう、じんわりと頬に熱が溜まっていくのを感じながらも慌てて俯いたとき。
ガシャンと音を立てて紅音の手元にあったグラスが倒れる。中に入ってた炭酸ジュースが溢れるのを見て「わ、た、大変……っ!」と立ち上がったときだった。
テーブルを拭こうとナプキンを手にしたとき、伸びてきた紅音の手に手首を取られ、ぎょっとした。
「トリ……」
「……なんだよ、秘密って」
何故紅音が怒ってるのか。
まさか俺はまた余計なことを言ってしまったのか。はぐらかしたのがまずかったのか。けど、別に変なことは言ってはないはず……だ。
それなのになんでだ、いきなり機嫌が悪くなった紅音を前に背筋に冷たい汗が滲んだ。
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