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第12話※

「……ッ、ぁ……」  本能的な恐怖に支配される。弱味を見せてはいけない、つけ上がらせてはならない。そう分かっているのに、その花戸の目を見た瞬間ぶるりと背筋は震えた。 「間人君、君は……お兄さんやご両親にも大層大事に育てられてきたんだろうね」 「……ッ、……」 「君みたいな子に育ったのはその賜物だよ。……ああ、本当に――本当に、感謝しないといけないな」  瞬間、伸びてきた手に髪を掴まれる。無理矢理顔を挙げさせられるように引っ張られ、あまりの突然のことに硬直した。 「っ、い゛……ッ」 「警戒心が強いのはいいことだけどそうじゃないだろ? 俺は、君の新しい家族になるんだ。君は君のお父さんやお母さん、お兄さんにも俺に対するような態度を取るの?」 「っ、ぉ、お前は……ッ家族なんかじゃ……う゛……ッ!!」  言い終わるよりも先に頬を叩かれた。痛みよりも衝撃の方が強かった。  手加減されてるのだとわかっていたが、一度叩かれてまだ熱の引いていないそこを再度打たれれば通常よりも痛みは鋭く突き刺さるのだ。 「っ、ふ、ぅ……ッ」 「ああ、可哀想に。君の可愛い頬が真っ赤だ」 「さ、わ……っ、るな……」 「痛む? そりゃそうだろうね。……君の苦しむ姿を見てると俺も堪らなく辛くなる」  そう、花戸の指が頬にそっと触れる。  じんじんと熱を持った皮膚の上を滑るその指先。また打たれるのかと思い、無意識の内にはね上がれば花戸はそのまま俺の体を抱き締めるのだ。  ふわりとあの匂いが広がる。頭の奥でじわりと花開くような甘ったるい、匂い。 「やっぱり、ちゃんと君の家族になるには……作り直すしかないのかな」  極度の恐怖と緊張で呼吸が浅くなった。耳元でそんなことを嘯く花戸に、俺は思わずその顔を見た。 「お前、今……なんて……」 「君が余計なことを考えなくてもいいように、君のお父さんとお母さんもあいつのところに送っておこうか」 「そうしたら、君は余計なことを考えなくても済むんだろ?」そう、なんでもないように口にする花戸に爪先から全身の熱が引いていく。  その言葉を理解すらしたくなかった。  この男は、この男は――。 「お、まえ……ッ!」 「家族三人も揃っていたら寂しくないだろう。それに、君には俺がいる。俺がずっと、君の側にいるから問題ないはずだ」 「やめろッ!!」  自分でも驚くほどの大きな声が出た。  花戸は少しだけ驚いたように目を丸くして、そして、ふっと優しく微笑むのだ。 「大丈夫だよ。ちゃんと、苦しまずにすぐに楽にさせる。君の大切な家族だからね」 「やめろ、父さんと母さんに手を出すな……ッ!」 「それは君次第だよ、間人君」  何が、好きだ。何が大事にしたいだ。  この男の言葉は全て嘘だ。俺のことなんて一ミリも考えていない。頭にあるのは自分のことだけだ。 「君が考えを改めてくれるなら、考えてあげるよ」  優しい声で吐き出す言葉は脅迫そのものだ。  顎の下、首の付け根へと伸びる指先に優しく撫でられる。皮膚の厚さ、感触を確かめるように。指の先を食い込ませるのだ。 「今日から、君の家族は俺だけだよ」  間人君、と囁かれる言葉は悪魔の囁きそのものだった。  頭から熱が引いていくのを感じながら、俺は硬く目を瞑った。 「……分かったから、父さんたちには手を出さないでくれ」  実家のリビング、兄の遺影の前でうなだれる両親の背中を思い出した。これ以上、こいつの好きにはさせたくなかった。壊されたくなかった。踏みにじられることも耐えられなかった。  そんな俺に、花戸は笑うのだ。嬉しそうに、目を開いて。「ようやく分かってくれたんだね」と、俺を抱き締めるのだ。  家族の顔が脳裏をよぎる。父、母――そして、兄さん。  優しくて、頭がよくて、俺にとって憧れだった兄さん。そんな兄さんが何故こんな男に捕まってしまったのか、未だに俺はこの男――花戸の言葉を信じることができなかった。  それでも、唯一この男の言葉で真実だとわかることはあった。  この男が兄さんを殺したのだ。  そして、今度は俺も兄のように殺すつもりなのだと。  花戸にとって些細なことなのだろう、人の尊厳を弄ぶことも、踏み躙って潰すことも。  それが分かったからこそ余計、恐ろしかった。兄や俺だけではなく両親にまで手を出す、そう口にしたあの男が。 「う゛ぉぐ、う……ッ!」 「あは……ッ、間人君のナカまた締め付けてくるね……っ、嬉しいなぁ……全身で俺のこと受け止めようとしてくれてるんだね」  黙れ、黙れ黙れ。  ベッドの上、人を背後から犯しながら腰を撫でてくる花戸にただ嫌悪感が込み上げる。  口の中、奥歯で噛んだシャツの裾がなければきっと罵倒の言葉が漏れていたことだろう。それだけは避けなければならない、今だけは。 「ふっ、ぅ゛」  すでにこれまでの花戸との行為で異物を咥えさせられることに慣れつつあった肛門は、深々と挿入される花戸の性器を拒むことはできなかった。  ただ一方的に体内を舐られ、奥の奥まで文字通り犯されるのだ。  熱した鉄杭をぶっ刺されるような衝撃をベッドシーツを掴むことで緩和しようとするが、そんなこと花戸の前では無意味な抵抗に等しい。  少しでも腰を浮かせて逃げようものなら、花戸は俺の腰を掴み引きずってでもさらに奥、結腸へと続く肉の壁を限界までパンパンに張り詰めた性器の先端、その亀頭で突き上げてくるのだ。  骨がぶつかるような音に混ざって、濡れた肉が潰れるような音が自分の腹の奥から発せられる。  腹を突き破って口から亀頭が飛び出すのではないだろうか。そんな恐ろしい想像を働かせる暇すらもなかった。 「は、ぅ゛……ッ、ううぅ゛……ッ!」  思考する暇もなかった。背後に覆いかぶさってくる花戸は逃がさまいとでもいうかのように執拗なピストンを繰り返す。その都度最奥から全身へと電流のような衝撃が走り、衝撃を受け流すことができなかった下腹部、内腿がぶるりと震えた。  生理現象で勃起した性器は花戸の動きに合わせて揺れ、シーツの上にぽたぽたと先走りと精液が混ざったような半濁の体液を滴らせる。  恥も何もない、今俺にできることは少しでもこの場を耐え忍ぶことだけだった。  こんなサイコ野郎のご機嫌取りなんてマネ、俺だってしたくない。それでも、今この場で花戸を拒めば両親にも手が伸びる。そう考えただけで耐えられなかった。  せめてこの場だけでもいい、花戸を油断させる。この男をどうにかすることは後から考えればいい。  そう自分を鼓舞しながら、ただ耐えた。まだ前回の挿入の熱も腫れも引いていない中をどんだけ性器で摩擦されようとも。皮膚に指が食い込むほど尻を掴まれ、マーキングでも施すかのように隈なく性器から滲むやつの体液を塗り込まれようとも。全身を弄られ、まるで恋人かなにかのように項や肩口、背骨や至る所に唇を押し付けられ痕をつけられようとも。窄まり、異物を拒むための壁を力ずくで抉じ開けられ、内臓までも奴に犯されようとも。絶対に。  このとき、喉の奥から込み上げる強烈な吐き気と爪先から指先まで広がる恐怖、嫌悪感を堪えられたのは瞼裏に焼きついたいつの日かまだ家族全員揃って笑いあっていた記憶があったからだ。  絶対に、この男だけは許さない。この男だけは――。 「……間人君……ッ、」  伸びてきた奴の手により、口の中、轡代わりに噛んでいた裾を抜き取られる。瞬間、咥内に新鮮な空気が広がった。  霞む視界の中、花戸は俺の前髪を掻き上げる。そのとき確かに奴と視線があった。  顔なんて見たくもない。それでも、奴から視線を逸らすことができなかった。違う。逸らさなかった。  真正面から奴の目を睨み返す。それが今俺にできる意思表明であり、唯一の抵抗だったからだ。花戸はなにを勘違いしたのか興奮したように「間人君」と俺を呼ぶ。深く、根元まで収まったそれで中を味わいながら呆けた顔をして腰を振り続ける花戸。声を上げてこの男を喜ばせることすらもしたくなかった。 「間人君……っ」 「ふ、ッぐ、」 「間人君……間人君、はぁ……ッ君は、本当に……ッ」 「ッ、う゛、ぎ……ッひ、ぃ゛……!!」  奥歯を食いしばる。歯が欠けてしまおうがどうでもいい。耐えろ、耐えろと口の中で何度も繰り返したとき。  視界が陰る。鼻先には花戸の顔があった。そして、唇に触れる柔らかい感触。睫毛がぶつかる音が聞こえた、そう錯覚を覚えるほど唇が触れ合った瞬間、あらゆる雑音が消えた――そんな気がしたのだ。  この男からキスなんて嫌というほどされた。それなのに、そんな風に感じたのはこんな乱暴で独善的な性行為の最中にも関わらず、あまりにも優しく、そして触れた唇が微かに震えているように感じたからだろう。  それも、ほんの少しの間のことだ。すぐに獣じみたピストンで奥を突き上げられ、思考は途絶え喉奥からは呻き声とともに唾液が溢れる。  下半身の感覚などなくなったに等しい。  いま犯されているのが己の体かどうかすら確信持てないほど肉体と意識は乖離していく。そうすることでしか、自分自身を守ることができなかった。  嫌悪。嘔吐。吐き気。玉のように吹き出す汗を拭うことすらできない。犯され続けた体は最早自分の体と思うことすらできなかった。 「間人君、俺のこと好きって言えよ……っ、ねえ、言って。ほら、君の口から直接聞かせてほしいんだ」  お願いだから、と縋りつくように胸に顔を埋めてくる。乳首を噛まれ、血が滲みそうなほど乳輪ごと歯を立てられれば全身が凍り付く。  火照り、恐ろしいまでに鋭利になった神経はそれだけで太い針が貫通したような錯覚を覚えるほどだった。  こんな男のことを好きなんて言うこと自体吐き気がした。言いたくない。けれど、言わなければ父さんと母さんが危ない。そう思うとなにも考えることができなくなる。 「っ、す、き……ッ、ん゛、ぐ……ッ!!」  言い終わるよりも先に、顎を掴まれ、口元を舐めるようにキスをされる。興奮で蕩けきった目のやつに執拗に舐られ、咥内までも犯される。  指先に力すら入らない。ただやつにされるがまま、体重で潰されそうになりながらも受け入れることすらできない。 「っ、はあっ、間人君、俺も……ずっと君のことが好きだ……好きだった、今も……これからも……っ、ああ、はは! 泣いてるの? 間人君」 「っ、ふ、ぅ゛……ぐ……ッ」 「……ごめんね、俺ばっかり気持ちよくて……っ、もっと上手く、君も気持ちよくなれるように頑張らないとな」 「ひ……ッ、ぅ゛……ッ、ふ、ぅ゛う゛……ッ」  肉の潰れる音が聞こえる。泣きたくなんてなかった、こんな男に弱みなんて見せたくないのに。  目尻から流れる涙のあとごと舐めとられ、そのままキスをされる。  言葉とは裏腹に勃起は収まるどころか更にペースを上げていく花戸に、俺はやつにしがみつくのが精一杯だった。痙攣の止まらない腰を掴まれたまま、何度目かの射精を腹の奥にたっぷりと注がれる。やつの熱に満たされていくことに耐えきれず、吐き気が込み上げた。 「っ、はあ、……ッ、ぁ゛……ッ」  今度こそ終わるだろう。そう、肺に溜まった空気を吐き出したときだった。腹の奥、萎えるどころかすぐに勃起するその性器に背筋が凍りついた。 「っ、待っ、も、ぉ゛……ッ、むり……ッ、ぉ゛、かしく……ッ、おかしくなる……ッ」 「ああ、大丈夫だよ。……俺は、君がおかしくなっても平気だから」 「ぢが、ぅ゛う……ッ! ほんとに、これ以上は……ッ!!」  そう声を上げたとき、腰を撫でていた花戸の手に尻の肉を抓られ息を飲む。焼けるような痛みに目を見開き、声をあげそうになれば目の前には笑顔の花戸。  その目は笑っていない。 「さっきの言葉、もう忘れちゃった?」 「――ッ、ひ……」 「言ったよなあ、俺の家族になるって。間人君。……だったら、俺のことをお兄ちゃんみたいに思ってくれないと。君はお兄ちゃん相手にもこんなに我儘いっていたの? 違うよね?」 「い゛ッ、ふ、ぅ゛……ッ」 「……駄目だよね、それ。ルール違反だよ」  熱の抜け落ちたようなその声がひたすら怖かった。なんで、どうして。  スイッチが切り替わったように冷たくなるその目に背筋が凍り付く。尻を叩かれ退けぞれば、更に叩かれ痛みの残るそこを抓られる。 「い゛……ッ!」 「もう一回」 「っ、痛ッ、ぅ、……ッは、などさ……ッ」 「俺のこと、お兄ちゃんって呼んでよ」  みっちりと奥深くまで勃起した性器を挿入したまま、花戸は俺の体を抱き締める。腿を捕まえ、強引に足を開かせたまま更に深く腰を叩きつけるのだ。それだけで目の奥が焼けるように熱くなり、全身が震え上がった。ごぷ、と僅かな隙間から溢れる精液を無視して花戸は俺の腰を抱きかかえるのだ。 「……早くしろ」  底冷えするほどの低い、冷たい声。大きな掌に首筋を掴まれ、凍り付いた。  首を締められる。今度こそ本気で殺されるかもしれない。そんな恐怖を前に、正常な判断をすることなどできなかった。 「ぉ、お……っ、ぉ、にいちゃ……ッ」  俺の兄は、自慢の兄はずっと一人だけなのに。よりによってこの男を兄だと呼ぶことなんてしたくなかった。したくなかったのに、奥歯がガチガチと重なり、唇が震える。  花戸は満面の笑みを浮かべ、そのまま俺の唇にむしゃぶりついた。  そして、そのまま腿を掴まれたままピストンされる。 「っ、ふ、う゛、ひ、ぐ……ッ!!」 「っ、は、いい子だね間人君、ごめんね痛いことして……っ、ん、いっぱい、キスしてあげるからね……ッ」 「っ、ぅ、うう゛〜〜……ッ!!」  最悪の時間だった。屈辱で、なによりもこの男を受け入れてしまうことしかできない自分が悔しくて、とどまることを知らずに溢れる涙を花戸は美味しそうに舐めとるのだ。  セックスが気持ちいいなんて誰が言い出したのか。  傷が癒える間もなく裂傷に裂傷を重ね、血が混ざった精液を垂れ流す。何度目かの中出しの末、パンパンに膨らんだ腹を花戸に押された瞬間汚い音ともに吹き出す精液の塊を見て花戸は「これは俺の君への愛の結晶だよ」などと言ってシーツの上のそれを舐めさせてきた。  抵抗すれば殺す。この男はそれを躊躇なく行うことができる。それをわかっていたからこそ歯向かうことができなかった。  今はただ耐えろ、耐えろ、耐えろ。兄さん。助けて、助けて兄さん。  咥内に広がる血と精子の味に耐えられず嘔吐する。最早俺の体にはこの男からの暴行に耐えられるほどの体力は残っておらず、それを皮切りに俺はベッドに倒れ込む。吐瀉物で汚れようが気にすることすらもできない。  意識だけがある。そんな虚脱感の中、俺はそのまま気を失った。花戸がなにかを言っていたような気がしたが、もう俺にはなにもわからなかった。

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