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第13話

 酷い夢を見た。目の前で兄が花戸に犯されてる夢だ。筋張った大きな手で兄の細く白い首は締め上げられ、赤黒く変色していく。  駄目だ、やめてくれ、それだけは。  ――自分が代わりになるから。  そう必死に声を上げ、兄を助けようとしても実際に喉元から声が発されることはなかった。  そして、抵抗していた兄の手足はぱたりと地面に落ちる。悪夢だった。俺はなにもできないまま、兄を助けることもできないままで。  目を開けば、頬が濡れていた。全身が軋むように傷んだ。酷く、喉が乾いた。朦朧とした意識の中、近くに花戸がいないかを探る。  花戸はこの部屋にはいないようだ。相変わらずベッドに拘束された脚では動くことができなかった。  ここに来て、やつに閉じ込められてどれほどの時間が経ったのだろう。そろそろ両親が心配してるのではないか。警察に捜索願を出してるのではないか。そんな風にぼんやりと考えていたとき、遠くから足音が近付いてきて全身が凍り付いた。逃げ場などベッドの上にはない。  動くこともできないまま固まっていると、やがて部屋の扉が開いた。  ――花戸だ。どこかから帰ってきたのだろうか、上着を羽織ったまま、花戸はベッドの端で硬直する俺を見て「ああ、起きてたんだね」と微笑んだ。 「体の調子はどう?」 「……っ、……」  いいわけないだろ。  そう言い返したいのに、言葉が喉に突っかかったように出てこない。また、首を締められるかもしれない。殴られるかもしれない。……両親に手を出すかもしれない。  そう考えた瞬間、何もできなくなってしまうのだ。  そんな俺を見て、花戸はそっと頬から額へと触れてくる。恐ろしいほど冷たい指先に息を飲んだ。 「……少し火照ってるね。寝起きだからかな?」  唇に触れ、口を開けた花戸はそのまま喉奥を覗き込み「喉も腫れてる」と眉尻を下げた。 「少し体調がよくないみたいだね。……取り敢えず、水と薬持ってくるよ。ご飯は? 食欲はある?」  問い掛けられ、すぐに返答することはできなかった。何故、こんなやつに素直に答えないといけないのか癪だった。それなのに防衛本能が働くのだ、ここは答えておけと。  ない、と小さく首を横にだけ振れば、花戸は益々心配そうな顔をするのだ。 「……そっか。本当は今日、君に少し頼みたいことがあったんだけど君が元気になるまではお預けかな」  そう、言いながら上着を脱いだ花戸はそのコートを椅子の背もたれにかける。  花戸の言葉が引っかかり視線を向ければ、花戸と視線がぶつかった。 「まあ、気にしなくてもいいよ。俺の方でなんとかしておくから、間人君はゆっくり休んでて」 「この間は無理させちゃったからね」なんて、なんでもないように微笑むこの男に背筋が震えた。  この男にとって俺が本気で殺されると恐怖したほどの行為は『無理』で済むのだ。 「流石に食欲なくてもそろそろご飯食べないと倒れちゃうだろうから……食事、お腹に負担少ないもの用意するよ。少し待ってて」  花戸はそう俺をそっと抱き締め、部屋を出ていった。扉に鍵が掛かった音は聞こえなかった。  花戸がいなくなった部屋の中、花戸の残り香が酷く不快だった。  そして、俺は椅子に掛けられたままになっていた花戸の上着に目を向ける。忘れたのだろうか、普段俺の部屋になにも残さないあの男が。  迂闊ではないか。袖を結んで天井の照明に引っ掛ければ首を括ることは出来るかもしれないというのに。思いながらも、俺は恐る恐るその上着に手を取る。なにか携帯か鍵か入ってないか、そうポケットを漁ってみるがそれらしいものはなにも入ってない。  すぐに落胆し、俺は花戸の香水の匂いがするそれを椅子へと放り投げた。  ずっと同じ部屋にじっとしているおかげか、より五感が過敏になっているような気がした。それだけが原因ではないだろうが、花戸の匂いがより濃く感じるのだ。

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