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第14話

 それから花戸が再び部屋へとやってきた。  花戸が手にしたトレーには簡素な料理が盛られた皿が乗っていた。この部屋で食欲など沸くはずがなかったが、生きるためだ。それに、下手に反抗的な態度を取ったらこの男が逆上するかもしれない。  昨夜の花戸のことを思い出すと、ぶるりと背筋が冷たくなるのだ。  渋々料理を口にする俺を、ただ花戸は嬉しそうにニコニコと笑いながら見ていた。  流石に、用意された全てを完食することはできなかった。それでも半分ほど食べた俺に花戸は安心したようだ。もしかしたらキレられるのではないかと思ったが、「無理して全部食べなくていいよ」なんて言ってすぐに皿を片付けるのだ。  あの男がなにを考えてるのか分からない。  ……理解しようとも思わないが。  花戸は本当に俺の体調が優れないと思っているらしく、その日は俺を寝かしつけた。  花戸が言っていた『俺に頼みたいこと』は結局分からず仕舞いだったが、どうせろくなことではないのだろう。放っておいてくれるのならその方が遥かにましだ。  そう俺は身体を休めることとなる。  娯楽のない、行動すらも制限されたこの部屋の中でできる暇つぶしは食事と睡眠を繰り返すことしかない。  今は英気を養おう。そう自分に言い聞かせ、眠くもない身体を無理やり寝かしつけて過ごした。  日をろくに浴びることもできないこの生活で時間感覚が狂わないわけがなかった。  どれほど眠ったもかもわからない。この部屋にきて何日経過したのかすらも。  そんな中、微かな物音を聞いてふと目を覚ました。扉の向こうから聞こえてくるのは足音だ。それから、花戸の話してる声が聞こえてくる。  ――電話、しているのか?  今ここで助けてくれ、と声をあげれば助けを求めることができるのではないだろうか。そう思ったが、口が何かで蓋されていることに気付いた。口の中に詰められたのはハンカチだろうか。咥内の唾液を吸い取られた上、更に蓋をするようにガムテープかなにかで口を塞がれているお陰でくぐもった声すらも吸収される。  手足もしっかりと拘束されたまま、俺は口の中で舌打ちをした。そして助けを求めることを諦めて、扉の外から聞こえてくるその声に聞き耳を立てることに集中する。 『……ええ、はい。……そうですね』  通話しているらしい花戸の声は俺と話しているときとはまた印象が違う。なんだか硬い声だと思った。 『俺の方でもなんとかしますよ。……ええ、大丈夫です。彼は物分りがいいので』  ――なんの話だ?  花戸が敬語で話している相手など俺には検討も着かない。話し方からして親しい相手というわけではなさそうだ。  それから花戸の声は聞こえなくなる。そして、扉の前を彷徨いていた足音はぴたりと止んだ。  なんとなく嫌な予感がして、咄嗟に俺はベッドの上で仰向けになったまま寝たフリをした。  すると、案の定扉が開いたのだ。 「…………」  足音を立てないようにしているのだろう。それでも、足音を立てないようにと扉の方から近づいてくる気配はあまりにも濃かった。  起きていると気取られないように寝たフリをしたまま、俺は目を開かないようにだけただひたすら集中する。  そのとき、不意に額になにかが触れた。ひやりとしたその冷たい感触は間違いない、花戸の手だろう。前髪を掻き分け、そして額に直接触れる手はそのまま頬、首筋へと滑り落ちていく。  思わず反応しそうになるのを必死に堪え、俺は呼吸を乱さないように努めた。  熱を測っているつもりか、花戸は暫く俺の顔に触れるとすぐに手を引いた。  それから小さく音を立て、額に唇を押し付けられる。  思わずぴくりと反応してしまうが、再び寝息を立てるフリをすれば花戸はなにも言わずにベッドから離れるのだ。  そして寝室の扉が閉まる音を聞いて、ようやく俺は緊張を解いた。 「……ッ」  ――なんだったんだ、今の。  まだ花戸に触れられている感触が残っているようだった。その感覚がひたすら不快で、俺はそれを紛らすように何度も拭った。  それから再び眠りにつくのに時間がかかった。もやもやとした気分のまま、先程の盗み聞きした花戸の会話を頭の中で反芻する。  考えたところで答えなど出るはずもなく、ただ時間だけが経過した。  そして、そんなことをしている間に再び俺は眠りに落ちたようだ。次に目を覚ましたとき、部屋には花戸がいた。  あいつは俺の体温を確認し、「今日は元気そうだね」と安堵の色を浮かべる。  そして、 「それじゃあ、間人君。君も準備しないとね」  準備ってなんだ、と顔を上げれば、花戸はにこりと微笑んだ。 「お出かけだよ、間人君」  たまには外の空気も吸わないといけないみたいだからね、なんて笑う花戸に一瞬俺は耳を疑った。

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