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06
――屋敷二階、応接室。
「ほら、噂をすれば」
扉を開いたその先には和服の男――花鶏と南波が向かい合うようにそれぞれのソファーに腰をおろしていた。俺たちがやってくるのを予め予知でもしてたかのような花鶏の言葉はともかくだ、主に俺の方を見るなり露骨に青褪め、さっと隠れる南波になんとも言えない気持ちになる。
……南波の気持ちは分かる。痛いほど。だからこそあまり刺激しないでおこうと思うのだけれど。
「いやいや、二人ともすっかり仲良くなっちゃいましたね。なによりです」
「……別に」
「そんなこと言って、また。ほら、どうぞお掛けください。……ああ、藤也、貴方は私の隣へ」
どうやら暗に花鶏は俺に南波の隣に座れと言っているようだ。
いいのか、これは。南波は絶対俺が隣に座るのを嫌がるだろう。どうすれば、助けを求めるように藤也に目を向けるが、肝心の藤也はといえばいつの間にかに花鶏の隣に座っていた。……早いな。思いながらも、南波の隣しか空いてない現状、なるべく南波に近付かないようにそのまま一番端に腰を下ろす。
「南波。なにか準一さんにお話があったんじゃないんですか?」
柔和な笑顔に優しい声。けれど騙されてはならない。この男サディストである。
身を硬くして必死に俺を視界に入れないようとしている南波にわざと話題を振る花鶏に俺までぎょっとしてしまう。
当の南波はというとびくりと震え、みるみるうちに青褪めてるでないか。
「花鶏、てんめぇ……っ」
「どうしたんですか? さっきから準一さんのことずっと気にしてたじゃないですか」
聞きようによっては違う解釈を取ることもできたが、恐らくこの場合は気にしてたというのはあの時のことだろう。
あれまで傲慢だった南波が土下座までしてきたことを思い出しながら、益々俺は反応し辛くなる。
「逃げるんですか? 南波。ここで逃げたら準一さんにド突き回されますよ」
いやいやいや、いつから俺はそんな暴君になったんだ。
確実に南波をからかって楽しんでいる花鶏を見てられなくて、咄嗟に俺は口を挟んだ。
「あの……さっきのことなら、別に気にしてないんで」
なんて言えばいいのか迷った末、そう俺は南波をフォローすることにした。そう言えば、花鶏は少しだけ意外そうな顔をする。
その一言を最後に、応接室にはよくわからない沈黙が流れた。……普通ここは黙るところなのか。
あまりにも長く続く沈黙。なんだ、俺変なこと言ったか。そう隣の南波にちらりと目を向けたとき。
「南波さんっ、血っ、血が……ッ」
呆けたように俺を見ていた南波。その全身に亀裂のような傷が入り、そしてその傷口からはどばどばと流血しているではないか。気付かない間に血溜まりと化してる隣に絶句した。そして、驚愕する俺に南波も自分の体の異変に気付いたらしい。
「おわッ!」と自分の体に目を向けた南波はそのまま後退り、そして、そのまま後ろ向きにソファーから落ちた。
「な、南波さん、だいじょう……」
ぶですか、と咄嗟にソファーの下を覗き込んだとき。
そこには南波の姿は跡形もなく消えていた。それどころか、ソファーを汚していた血も綺麗さっぱり消えている。
「……相変わらずですね、南波は。まあ、準一さんの顔を直視できるようになっただけでも進歩なんでしょう」
「あの、さっきのって……」
「南波のあれですか?」
「は、はい……あの南波さんも、あの血とかって意識してるわけじゃない……ってことですよね。幸喜と違って」
幸喜の名前を口に出すとき意図せずトーンが落ちてしまうがこれは仕方ない。けれど、気になっていた。
さっきの南波の反応が、意識せず流血したときの自分と重なるのだ。花鶏は「ああ、あれは恐らく精神的外傷が原因ですね」といつもと変わらぬ調子で続ける。
「精神的外傷……トラウマを想起させる物事が起きると本人の意思関係なしに表面上に現れるようです。南波の場合、あれの条件は男ですね」
つまり、俺が藤也に流血したのは幸喜と同じ顔をした藤也を見たからか。
「……そういうのって、治らないんですか」
「おや、南波の心配までしてくれるんですか?」
「い、いや、そーいうわけじゃないんすけど……」
「絶対に治らないというわけではないですが、人それぞれでしょうね。それに、私は医師ではないのでなんとも」
「……そっすよね」
「でもまあ、一番は慣れでしょうね。準一さんも気が向いたら構わないので南波に話し掛けてやってください」
そう微笑みかけてくる花鶏に、放っといてやるのが一番いいんじゃないのかと思いながらも俺は一応頷いておく。
なんだかんだ、花鶏も同居人である南波のことを気にかけているようだ。その内容は多少手荒なものだったが、少しだけ見直した……かもしれない。
「抱えているトラウマよりも強いトラウマを植え付けてやるという方法もありますが、これはまた今度にしましょう」
前言撤回する。
「そういえば……仲吉さん、でしたか?」
一人考え事をしていると、ふと花鶏は思い出したような口調で呼び慣れた名前を口にする。なんでこのタイミングであいつの名前が出てくるのかがわからなくて、思わず顔が強張る。
「……なんで」
「ああ、申し訳ございません。幸喜から色々聞かせて頂きました。その方とは随分仲がよろしいようで」
あの野郎、ベラベラベラベラ話しやがって。
込み上げてくる不快感を抑えつつ、やけに回りくどい言い方をする花鶏に胸がざわつく。「それがどうしたんですか」と、促せば、ゆっくりと花鶏の視線がこちらを向いた。そして。
「会いたいですか?」
「……は?」
「仲吉さんに会いたいですか?」
まさか、仲吉になんかしたんじゃないだろうな。
いつかの幸喜の言葉を思いだし、頭の中に嫌な予感が過った。
「ああ、そんな怖い顔しないでください。ご安心を、危害は加えてません。私が提案するのはただのおまじないです」
「おまじない?」
「準一さん、以心伝心という言葉はご存じですか?」
以心伝心。聞き覚えのある言葉だった。昔、四字熟語の本かなにかで読んだ気がする。確か、言葉が無くても相手に伝わるという意味だったはず。
「それって……」
「花鶏さん」
四文字熟語のですよね。そう尋ねようとして、今まで黙っていた藤也はいきなり言葉を遮ってきた。先程まで黙っていた藤也が突然割り込んでくることにも驚いたが、花鶏は然程気にしていないようだ。それよりも、まるで垂らした釣り針に魚が食いついてきたのを見るかのように嬉しそうで。
「そうですね、実際体験したあなたに説明して頂いた方がいいかもしれません。……ねぇ、藤也」
体験って、藤也が例の以心伝心とやらをってことか。
それだけ聞いたらなんとなくすごいことのように聞こえたが、なんだろうか、この空気は。……すごく居心地が悪い。原因はわかる。藤也本人があまりにも不快そうな顔をするからだ。
「どうしました? 藤也。準一さんに教えて差し上げたらどうですか」
「…………」
「嫌ですねぇ。そんな怖い顔しないで下さい。準一さんが困ってますよ」
睨むように花鶏を見ていた藤也だったが、花鶏の言葉を聞き外野である俺の存在に気付いたようだ。困ったように眉間を寄せ、俺を一瞥した藤也はそのまま視線を逸らす。
「……本気で、その友達に会いたいわけ?」
不意に、ちらりと俺に目を向けた藤也はそう尋ねてきた。
会いたくないと言えば嘘になる。が、俺は死んでから仲吉と接触したことがあったが、あいつは俺に気付かなかった。幸喜にしてもそうだ。
仲吉に俺たちは見えないのだ。
「……会いたくないっていえば嘘になるけど、霊感がないんだ。あいつには」
「霊感なんて関係ない」
「準一さんとそいつがお互い本気で会いたい、話したいって思ってるんなら意志疎通は可能になる」淡々とした藤也の声が応接室内に響く。いつになくハッキリとした口調だった。
「そんなのって……」
「可能ですよ。相手の夢に入ればいいんです」
「……夢?」
花鶏と藤也の言う以心伝心は、俄信じがたいようなものだった。
俺と相手、つまり仲吉が互いに会いたいと思ったとき意志疎通が可能になるようだ。
ただし体に負担がかかるらしく、意志疎通している間生きている方は強制的に肉体と精神が切り離され、睡眠状態に陥る。結果、意識しかなかった仲吉にとって俺と意志疎通している間は自然と夢と認識されるというわけだ。
「ただし、その相手が準一さんと会う気も話す気もましてや気の欠片もしていなかったら意志疎通は不可能になる」
「友情が試されるということですね」
どこまでもマイナス要素を強調する藤也に、花鶏はニコニコ笑いながらそう言い足した。藤也はともかく、花鶏は俺に勧めたいのかやめさせたいのかどっちなのか。
「……それでもやるの?」
じっと見据えてくる藤也は、どこか不安そうな顔をして尋ねてくる。今聞いた限りでは、相手を殺して同じ体にしてやるなんていう幸喜の荒業なんかよりもよっぽど平和的だ。
話せるなら話したい。が、もし仲吉と以心伝心が出来たとして、俺は仲吉になにを話すんだ。俺と話すことで、仲吉の中のなにかが可笑しくなるんじゃないのか。
できた場合の不安を覚えても、仲吉と以心伝心が不可能だという可能性を感じない自分が少し可笑しかった。
「……やるだけならタダなんだろ?」
死んで、幽霊になってから、諦めていた。
あいつとはもう住む世界が違うのだと、会うのは無理だと。けれど、また会えるとしたら、話せるとしたら。
考える。ずっと路頭に迷っていた俺の目の前に光が指したような気分だった。
――一度だけ、一度だけでいい。また、あいつに会って話したかった。
あんな別れ方したせいで言えなかったこと。
幽霊になったことをあいつに教えてやろう。
幽霊屋敷が本当にあったことを教えてやろう。
死んだ俺が成仏出来ずに幽霊屋敷に住み着いていると知ったら、仲吉はどんな反応をするだろうか。……間違いなくバカにされるな。
不安もあったが、それ以上に嬉しかった。……さっきまであれほど落ち込んでいたのに、俺はやはり単純なのだろう。
そんな俺を見て藤也が複雑そうな顔をしていたことに気付かないくらい、とにかく俺は浮かれていた。
「早速実践ですか」
「え? ここでですか?」
「私は早めにやった方がいいと思いますよ。恐らく今なら仲吉さんも貴方のことで何も手付かずでしょうから」
本当は花鶏の言う通り今すぐ試して見たかったが、先程の話からするに精神力を使うのは明らかだ。さっきの今だ、俺自身が仲吉に会うメンタルではない。
今すぐにでも会いたいが、もう少し……もう少し、気持ちを整理したかった。
取り敢えず、夜まで休もう。そう思った矢先だった。
「あっれー、なに皆集まってんの?」
不意に背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。弾むような明るいその声に、全身が悪寒が走った。
俺の座っていたソファーの背凭れを跨ぎ、そのまま隣に腰を下ろしてくるそいつに嫌な汗が滲む。違う、汗じゃない。――血だ。
「幸喜、お行儀が悪いですよ。……おや、準一さん。いかがなされましたか?」
咄嗟に額から頬へと流れ落ちるそれを手で拭ったとき、花鶏は不思議そうな顔をして尋ねてくる。慌てて汚れた手を隠す。動揺を悟られたくなかった。
「いや、別になにも……」そう言いかけて、再び額から何かが垂れてくる。とめどなく滲む血。隣に幸喜がいるというだけで額の傷口が開くのだ。
止まれ、止まれ。そう強く念じるが、俺の意思に反して溢れ出した血は指の隙間から溢れそのままボタボタと服を腕を顔を汚した。そんな俺を横目で見た幸喜は、にっと笑う。あの目、あの嫌な笑い方にフラッシュバックする光景。
「準一はなんにもないんだってよ、花鶏さん」
そう、幸喜は笑いながら俺の手首を掴み、傷口を隠そうとしていた手ごと引き剥がすのだ。
息が止まる。時間も、音すらも止まったような感覚になるのだ。血を抑えるものがなくなり、だらだらと流れっぱなしになる血はTシャツに赤い染みを作るのだ。
そんな俺と幸喜のやり取りに流石に勘付いたのか、花鶏は呆れたように肩を竦める。
「またあなたは……新入り苛めはあれほど止めなさいと言ったでしょう」
「やだなーただのスキンシップですよ」
「あなたのスキンシップは激しすぎるんですよ」
まるで子供を叱りつけるような口調に、背筋に冷たい汗が滲む。それと同時に、理解した。いやでも理解せざる得なかった。
――花鶏は知ってるのだろう。幸喜が俺になにをしたのか。それも、花鶏の口振りからしてみれば俺が初めてではないようだ。
もしかしたら、藤也も、気付いているのか。怖くて確かめることはできなかったが、それでもまるで軽い世間話のような調子で続ける二人に、呼吸が浅くなる。気付けば、俺は幸喜の手を振り払って立ち上がっていた。
「…………っ、失礼します」
何も考えていなかった、言い訳も、なにも。とにかくこの場から一刻も早く立ち去りたかった。おかしいと思われてもいい、ここにいるよりかはよっぽど……。
「準一どこ行くわけ? 俺も連れてけよ」
お前のいないところだよ、なんて言わなくてもわかるくせにわざわざ声をかけてくるところがとにかく嫌だった。俺は背後から掛けられる言葉と流れる血を無視して、そのまま応接室から逃げた。
とにかく気分が悪かった。吐き気だろうか。吐くものがないから吐き気と呼べるかわからなかったが、腹の底から込み上げてくる謎の不快感は行き場をなくしたように体の中をぐるぐると回っていた。
応接室から離れれば離れるほど、謎の不快感も流血も止んだ。
最初は便利だと思っていたが、ここまでくれば不便だ。この体では心に嘘もつけない。……それは、死人も生人も関係ないということか。
自室前。
最悪な気分のまま自室へと戻ってきた俺は、最悪な気分のまま何もない部屋、窓の前に立つ。
死んでからというものの、時間の進み方が早く感じる。気付けば外は暗くなって、いつの間にかに明るくなる。元々この屋敷の場所が場所だ。日の入りにくい樹海は常に薄暗く、天気関係なくジメジメとした空気が流れているのもあるかもしれない。
――いま、仲吉はなにをしているのだろうか。
今すぐにでも花鶏たちから聞いた例の方法を試したかったが、流石に精神が参ってるようだ。ここへ戻ってくるときにも瞬間移動を試みたが、いまいち集中することができなかった。自分で平気だと思い込もおうが、こればかりはどうしようもない。体が言うことを聞かないのだ。
ぼんやりと窓の外を見上げていたときだ。
夜空を覆う木々の隙間、浮かぶ大きな月が揺れたような気がした。
「準一さん」
そのときだ、背後から声が聞こえる。咄嗟に振り返ろうとしたときだ、そこには見慣れない風景が広がっていた。
何もなかったはずの壁には黒と白の垂れ幕が下がっている。部屋の中央、祭壇にはたくさんの菊の花が活けられていた。黄色、白で埋め尽くされたその祭壇の上部には、見覚えのある顔写真が置かれていた。
ここが葬式の会場だというのはわかった。濃厚な死の匂い。幼い頃、祖母の葬式に参列したときの風景とよく似ていた。けれど、あの屋敷にはこんな場所はなかったはずだ。
だとすれば、ここは。祭壇の中央立てられたその写真の中ではいつのだろうか、大分前に仲吉に撮られたときの俺が慣れない笑みを浮かべていた。俺の、葬式だ。
音もない、人気もない。異様な光景だった。俺は俺の葬式に参列していた。これが現実ではないというのは肌で感じた。
ここは、仲吉の精神世界か。
どこで、どのタイミングで。考えればきっかけはたくさんあった。俺は、以心伝心のことを聞いて仲吉に会いたいと思っていた。そしてそれが偶然、仲吉とタイミングが重なったということなのだろう。
そう納得してみるが、おかしなことがある。肝心の仲吉の姿がないのだ。
前列のパイプ椅子に腰を掛け、遺影を眺めていたときだ。
遺影の前、立ち尽くすのは見慣れない喪服姿の仲吉だ。突然現れた、いや、或いは最初からそこにいたのか。仲吉の背中を見つけ、咄嗟に俺はあいつの腕を掴んでいた。
仲吉、とその名前を呼んで。
遺影を見ていたやつの目が、確かに俺の方を向いた。しまった、咄嗟に声をかけたものの、俺は死人だ。いくら夢の中でも、順序というものがあったはずだ。そう思考が後から追い付いてくる。けれど、その目がゆっくりと見開かれるのを見て、俺は何も考えられなかった。
――俺に気付いてくれた。
「なかよ……」
し、と言い終わるよりも先に、伸びてきた腕に思いっきり背中を抱き締められた。こいつには似合わない線香の匂い。抱き締められたことに驚くことよりも、こうして触れられることにも驚いた。それ以上に。
「……っ、準一」
あいつのそんな顔をみたことなかった。笑った顔と怒った顔以外のあいつを。夢の中でまで泣いていたのか、真っ赤に腫れたその目に、思わず俺は「酷い顔だな」と笑ってしまう。ああ、あのとき変な意地を張らなければ生きていたときにこの顔が見れたのかもしれないのに。
なんて、そんなことを思いながら。
仲吉と話したいこと。話さないといけないこと、たくさん考えていたのにいざ本人を前にすると何も考えられなくなる。だから、俺は仲吉に伝えたかったことだけを口にした。
俺は幽霊になったこと、その力でお前に会いに来たということ、それから、俺が死んだことは気にしてないからお前も気にしなくていいってこと。後、遊んでばかりじゃなくちゃんと将来のことも考えろよということを。
最初はしおらしかった仲吉も、本当に俺が幽霊だと信じてくれたらしい。徐々にテンションは戻っていく。
「すげえ……幽霊って……ってことは、俺の部屋とかにも来れるのか?」
「い、いや……それは無理だ。なんか、結界……?みたいなのであの樹海からは出られないっぽい。だから他にも俺みたいに成仏できない奴らといるんだけど……」
「じゃあ、そこに行けばお前に会えるのか?」
「……おい、お前変なこと考えてないだろうな」
「変なことじゃないだろ、もしかしたらそこでお前に会えるかもしれないってことだよな」
「け、けど……お前気付かなかったぞ。霊感全然ねーし」
「……え、一回会ったのか?」
「……あ、いや……その……」
まさか、俺の死体の側で泣いてるお前を見てたなんて言ったら、こいつも嫌がるだろう。言葉を濁せば、仲吉は「でも、試してみないとわかんないだろ」と言い返してくる。
「俺、ここでのことは覚えてる。絶対。そんで、お前に会いに行く。そうすれば見えるかもしれない」
「……そういうものなのか?……っじゃなくて、まじで忘れろ。危ねえから、もしお前に何かあればお前の家族に……」
そうだ、家族だ。俺たちだけの問題ではないのだ。
そう、念を押した時だ。いきなりどこからともなく警報のような無機質な音が響き渡る。驚きのあまり「なんだ?!」とあたりを見回せば、仲吉は「あ」と何かを思い出したようだ。
「ああ、そういやアラームかけといたんだった」
朝が来たということか。時間切れだ。本音を言えばこのアラームを無視して仲吉と話したかったが、そんなことしたら一生仲吉が寝たきりなんてことになりかねない。この精神世界での時間は体感よりも早く外の時間は進んでいるようだ。名残惜しいが、別れなければならない。
「……また、準一と会いたい」
目の前の仲吉の姿が薄くなる。恐らく、肉体に戻っているのだろう。そういう言い方はずるい。本当はこれっきり、全部夢で終わらせるのが仲吉のためだとわかっているのに、そんな風に言われると未練を持っていた俺もつい絆されそうになってしまう。
「会いたいと思えば、いつでも会える」
そう仲吉に答えれば、仲吉は嬉しそうに笑った。それを最後に、仲吉の姿は跡形もなく消える。仲吉の姿だけではない、周りの景色も、全部だ。そして気付けば俺は殺風景な自室の中に棒立ちになっていた。
俺は窓に目を向ける。さっきまで月が浮かんでいたはずのそこには、すっかり日が昇っていた。
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