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09
見覚えのあるワンルーム。
あまり物が多いとはいえないその質素な室内の中、俺は一人佇んでいた。
俺の部屋だ。
一瞬、本当に自分の家に瞬間移動してしまったのだろうかと焦ったがそうではない。恐らくここも仲吉の夢の中なのだろう。
モノクロの室内、俺はここのどこかにいるはずのもう一人を探す。
このまま他の部屋にもいけるのだろうか、なんて考えながら仲吉を探していると、思いの外やつの姿は近くにあった。
テレビの前に置かれた卓袱台、そこに顔を伏せ仲吉は眠っていた。呑気に大口を開け、がーがーといびきを掻きながら。
こいつ、夢の中でまで眠ってやがる。
「おいっ、仲吉、仲吉ってば。起きろ!」
今は一刻を争う事態だ。こいつの夢の中での睡眠に気遣ってる暇はない。
仲吉の肩を揺すり、その耳元で何度も呼びかければ仲吉はうーんと唸る。
以前よりかはちゃんと眠れてるのか、幾分顔色はよくなっているがやはり肩や顔つきからして痩せてるように見える。
仲吉の健康状態も気になったが、それは後からでもいい。
なかなか起きない仲吉に焦れ、もう一度「おい!」と強く肩を揺すったとき――ぱちりと仲吉が目を開く。
「ん……? あれ? ……じゅんいち?」
ようやく目を覚ましたようだ。
寝惚けていた仲吉だったが、段々はっきりしてきたようだ。俺がいるのを見て、驚いたように起き上がった。
「準一? 準一なのか? 本物?」
「そうだよ、それ以外に誰がいるんだよ」
というか偽物なんているのか。
思いつつ、恐る恐るペタペタと体に触れてくる仲吉の手を掴み、体から離す。
「時間がないんだ。取り敢えず用件だけ言うから聞いてくれ」
「時間……? っていうか、あ、そうだ。俺の書いた手紙見てくれた?」
言ったそばからさっそく脱線している。
思い出したように目を輝かせる仲吉に頭が痛くなる。「その件は後で言うからとにかく聞け」と強引に話題の軌道修正を計った。
「なんだよ、そんな怒んなくていいじゃん……」
「怒ってねえよ。これは生まれつきだ。……取り敢えず、仲吉に頼みがあるんだ。俺が死んだ山あったろ? あそこに救急車一台呼んでくれ、怪我してる人がいるんだ」
「は? 俺が?」
「そう、お前にしか頼めないんだ。頼む、目が覚めたらすぐに救急車呼んでくれ」
そう繰り返す。そんな俺の態度から、これがただの夢ではないのだとようやく理解できたようだ。
「……夢じゃないんだよな」
「ああ。……とにかく、頼んだからな。目え覚ましたら、すぐに電話だ。あの山に救急車一台。わかったな?」
しつこいくらい繰り返す。目を覚まして夢だと思われたくなくて、そう仲吉の腕を掴めば仲吉の目が開かれた。
それから、「ああ、わかった」と仲吉は俺の手を掴み返すのだ。
こうして他人の夢に入り込むことでも大分消耗してるのだろう。言葉を口にすればするほど胸の奥にじわりと息苦しさが込み上げてくる。
けれど、それでも仲吉の顔を見ていたらいくらか緩和されるのがわかった。
「……準一、お前顔色が……」
「俺はいいんだよ、もう死んでるから。……じゃあ、頼んだぞ」
「ああ、また後で……会いに行く。絶対会いに行くからな! ちゃんと地図用意しろよ!」
黒くモヤが広がる視界の中、そう声を上げる仲吉に思わず苦笑する。……会いに来るなと言いたかったが、借りをつくってしまった現状なにも言えない。それ以上に。
――決定事項なのかよ。
俺が断ってもやってきそうな仲吉に「わかった」と答えるよりも先に視界は黒く塗り潰される。思い浮かべるのは屋敷の前だ。
なにもなかったはずの空間に音が戻る。それから風、日差し。風に吹かれた葉がぶつかりあう音。虫の声。
ゆっくりと目を覚ませば、夕闇に包まれた森の中に俺はいた。ゆっくりと背後を振り返れば、見慣れた洋館が聳え立っていた。
あれからどれほど経ったのだろうか。
まさか一日は経っていないだろうと思いたかったが、時間感覚がまるで機能しない今自分の勘は宛にならない。
俺は一先ず花鶏を探すことにする。
精神力を使って応接室へと瞬間移動しようとしたが、いつの日かの花鶏の言葉を思い出し、大人しく走って向かうことにした。
場所は変わって屋敷内応接室。
途中道に迷いつつもようやく目的の場所へ辿り着くことができた。すっかりへとへとになりながらも扉を開く。
結論から言えば、花鶏はいた。
花鶏の座る向かい側のソファーには南波らしき人影もある。
南波はリードを持て余したままソファーの上、寝転がって眠っていた。……いや、気絶してるのか?
「如何でしたか、準一さん」
開口一言、こちらを見ずとも俺とわかったようだ。ティーカップに注がれた紅茶に口をつけ、ほうと息を吐いた花鶏はそうゆっくりとこちらへ視線を流す。
「……一応、伝えてきました」
「会えたのですね。……やはり、貴方がたの絆は強いようですね。こうも容易く二度目の以心伝心することに成功するとは」
そう口にする花鶏の言葉は素直に感心してるようだ。
なんだかむず痒いような複雑な気持ちになり、俺は「どうも」とだけ答えた。
そしてちらりと南波を盗み見る。
……そういや、南波の首輪のことすっかり忘れていた。
花鶏と南波が一緒にいるということは間違いなくリードを捨てたことがバレてしまっているが、花鶏がなにも言わないということは多少目を瞑ってくれてるということか。……緊急事態だったし。
「そう言えば、あの人は……?」
そう、それだ。見る限りあの旅行者の姿が見当たらない。
恐る恐る尋ねれば、「ご安心下さい」と花鶏はティーカップをソーサーへと戻す。
「準一さんが仲吉さんに接触している間、気絶されていたあの方を崖の上まで移動させておきました。……まあ、一人では大変でしたので奈都君に手伝っていただいたんですが」
崖の上というのはこの間藤也と一緒にいった場所だろう。
確かにあそこを一人は大変だ。相手が足を怪我している分尚更、寧ろ二人でもキツいかもしれない。
「……その、ありがとうございます」
「いえ。お陰様で貴重な体験できましたので。……ええ。肉体労働係の南波は使い物になりませんし、おまけに双子はずっと部屋に籠ってますし、まさか私が下駄を引きずって殿方を引きずる羽目になるとは」
「お……お疲れ様です。……と、そう言えば奈都は……」
「ああ、奈都君なら上であの方を見張ってもらってますよ。救急車が来たときのため、誰かが様子を見ていた方がいいでしょう……と奈都君が言ってましたのでお任せしてます」
「一人でですか?」
「ええ。私も一緒に様子を見ようと思ったのですが、準一さんが戻ってきたことも考えてここでお留守番させていただきました」
そうにっこりと微笑む花鶏。
花鶏が面倒だったので奈都に押し付けたか否かの真偽は不明だが、その奈都の判断は正しいだろう。奈都がいてくれてよかった、もしそこに居合わせた幸喜だったらこうはいかなかったはずだ。
一先ずは安心していいだろう。
そう思った瞬間、全身にどっと疲れが襲いかかってくる。……いや安堵か、これは。
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